季節と花と歌と

この季節の代表的な歌
「夏は来ぬ」作詞:佐々木信綱 作曲:小山作之助

うの花の匂う垣根に 時鳥(ほととぎす)
早も来鳴きて 忍音(しのびね)もらす
夏は来ぬ

さみだれのそそぐ山田に 早乙女(さおとめ)が
裳裾(もすそ)ぬらして 玉苗ううる
夏は来ぬ

この歌はつぎのYouTubeで聴けます。

じつは
この歌には,現代人には不審に思う点がいくつかあります。

まず
「卯の花」は4月の花です。
というのも
4月のことを陰暦では「卯月(うづき)」,「卯の花月」と言ったのです。

それから
題名にもなっている『夏は〈来ぬ〉』は〈きぬ〉で,決して〈こぬ〉とは読みません。
つまり,夏は来た(完了形)のであって,夏は来ない(否定形)のではないことを確認しておいてくださいね。

また
「さみだれ」は「五月雨」と書いて,これは「梅雨(つゆ)」のことです。
ここで,五月雨を歌った俳句を3句。

五月雨を あつめて早し 最上川  松尾芭蕉(1644-1694)
五月雨や 大河を前に 家二軒   与謝蕪村(1716-1783)
五月雨や 上野の山も 見飽きたり 正岡子規(1867-1902)

不審がいっぱいですね。
4月に夏が来て,梅雨になるんですか?

これは
実際の季節感と陰暦での季節の区分が違うことが原因の一つです。
一般の慣例的な季節感では,春は3,4,5月ですが,陰暦では1,2,3月です。
年賀状に「賀春」,「初春」と書いたりするでしょう。
ですから
陰暦の夏は4,5,6月なんです。
大相撲の五月場所を夏場所というのも同じ理由です。

さらに
陰暦では1か月の日数が少ないため,閏(うるう)月を作ったりして調整する必要があるのです。
ですから1か月ぐらい実際(太陽暦)とずれることがよくあることです。
たとえば
東大寺二月堂のお水取りは,現在は3月ですが,以前は2月でした。
二月堂の名の由来は2月にその行事を行ったからなのですから。

ところで
この季節の花としてツツジ,少し小ぶりなサツキツツジがあります。
文字通りの5月の花です。

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じつは
ツツジはわが町「池田市」の市花で,市立文化会館の大ホールは通称「アゼリア・ホール」と呼ばれていますが
アゼリア(azalea)とはツツジのことです。

ツツジが満開になると,いよいよ夏が来る,と夏の暑さを予感させる花です。

緑の切妻屋根の家

いま
NHK連続テレビ小説(通称・朝ドラ)がおもしろいです。
「あまちゃん」,「ごちそうさん」,「花子とアン」と3回続いての大ヒット,これはもうホームランと呼ぶべきです。

ほとんど
1985年4月17日,阪神甲子園球場において,巨人・槙原投手から,バース・掛布・岡田のバックスクリーン3連発に匹敵する快挙です。

もちろん
「花子とアン」は翻訳家・児童文学者の村岡花子(1893.6.21-1968.10.25)〈誕生:安中はな〉の1代記ですが
代表翻訳「赤毛のアン」の孤児院で育ったアンと花子さんの貧しい生い立ちを重ねて共感を得ています。

カナダの作家L・M・モンゴメリ(1874.11.30-1942.4.24)の小説「赤毛のアン」(1908)の原題は”Anne of Green Gables”で,直訳すると「緑の切妻屋根のアン」となります。
場所はカナダの東海岸,プリンス・エドワード島にその家は今も建っています。

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じつは
私がカナダに留学していたとき,職場のカナダ人の女性に
「プリンス・エドワード島に行ってみたい」と言うと
「なんで?あんな何もない辺鄙なところに」と返されて,驚いたことがありました。
日本ではこんなに有名なのに,カナダではそれほどでもないのか,と思いましたが,彼女が東欧からの移民の人と聞いて,納得しました。

ドラマに登場する「はな」さんの“腹心の友”になる蓮子さんには,実在の人物がいます。

歌人の柳原白蓮(1885.10.15-1967.2.22)本名:燁子(あきこ)です。
じつは
燁子さんの叔母の柳原愛子は大正天皇の生母なのです。
ということは
大正天皇と白蓮さんは従兄妹(いとこ)同士ということになります。
また
彼女は大正三大美人の一人で,非常なる美貌の持ち主です。

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そのせいもあって
不幸な結婚を2度もさせられています。
最初は十代で子爵と,つぎは年の離れた九州の炭鉱王と,政略結婚と言ってもいいでしょう。
しかし
最後は駆落ち(白蓮事件として有名)をします。
相手は宮崎龍介という編集者・弁護士・社会運動家で,彼の父・宮崎滔天(とうてん)は中国革命を支援し,孫文の盟友であった社会運動家でした。
それまでの人たちと比べて,地に着いた生き方の龍介に,きっと白蓮さんは心惹かれたのではないかと思われます。
そして
ついに結婚しますが,そのとき白蓮36歳,龍介29歳でした。

さきの3連発のうち,あとの二つは,どちらも女性の1代記で,明治・大正・昭和そして戦争と,過酷な時代を,けなげに生き抜きます。
そのまえの「カーネーション」(2011.10-2012.3)もそうでした。
驚異的な支持を得た「おしん」(1983.4-1984.3)も同様の展開でしたね。

次回の朝ドラは
ニッカウヰスキーの創業者で「日本のウイスキーの父」と呼ばれた竹鶴政孝(1894.6.20-1979.8.29)の1代記で「マッサン」。
ヒロインは妻のリタ(役名はエリー)さんというイギリス・スコットランドの人です。

上記の考察から推論すると
ヒットする,いやホームランの可能性が高いと思われます。

ノーベル賞

アルフレッド・B・ノーベル(1833.10.21-1896.12.10)は,不安定なニトログリセリンを扱いやすくしたダイナマイトを発明し,巨額の富を得ました。

いまでも,ダイナマイトは強力なものの代名詞として
阪神タイガースはダイナマイト打線で,小林旭はマイト・ガイと呼ばれました。

ノーベルは,『死の商人』としての悪名を払拭すべく,「換金可能な財は,安全な有価証券に投資し継続される基金を設立し,その毎年の利子について,前年に人類のために最大たる貢献をした人々に分配されるものとする」という旨の遺言状を残しました。
それがノーベル賞です。
第1回は1901年から始まっています。
現在は,物理学,化学,医学生理学,文学,平和,経済学の6部門です。

日本のこれまでの受賞者は18人で
物理学6人,化学7人,医学生理学2人,文学2人,平和1人です。

最初は1949年の湯川秀樹博士の物理学賞で「中間子の存在の予想」が受賞理由でした。
第2次世界大戦直後の受賞で,古橋広之進選手の「フジヤマのトビウオ」とともに,落ち込んでいた日本人に勇気を与えました。
後日,湯川博士はアインシュタインオッペンハイマー(原爆の父)から大いなる祝福を受けましたが,彼らは広島・長崎の贖罪のつもりだったのでしょう。

ノーベル賞の候補者になるためには,しかるべき推薦者が必要なのです。
たとえば,川端康成は,同時期に文学賞受賞をとりざたされていた三島由紀夫に推薦文を依頼しました。
後輩である三島は,どういう心境であったのか,推測するすべもありませんが,おそらくは複雑な気持ちで,推薦文をしたためたことと思われます。

もともと
賞というものは,誰かが決めるものですから,それが本当にふさわしいかどうか?について,常に疑問符が付きます。

たとえば
佐藤栄作は,1974年に平和賞を受賞しましたが
その受賞理由は「非核三原則の提唱」ということになっています。
いわゆる「核兵器をもたず,つくらず,もちこませず」というものですが,実際,米の原潜が寄港するときに,核で自らを武装するのは常識のことでした。
最近になって,選考したノルウェー・ノーベル委員会は,授与は適正でなかった,というコメントを発表しています。

ことしは興味深いものがノーベル賞の候補になっています。
戦争放棄をうたう憲法9条を保持し続けてきた「日本国民」が,今年のノーベル平和賞候補にエントリされました。
きっかけは神奈川県の主婦(37)が「9条に平和賞を」とノーベル委員会に訴えつづけてきた結果です。

第2次世界大戦で,日本では軍人・民間人を含めて310万の人々が亡くなりました。
310万の命と引換えに獲得した世界に類をみない平和憲法を大切にしようとする動きは,静かですが,力強いです。

ところが
現政府は,集団的自衛権(直接に攻撃を受けている他国を援助し,これと共同で武力攻撃する権利)を,憲法改正という正式な過程を経ずに,勝手に獲得しようとしています。
せっかく誇り高く,不戦を誓った,戦争をしない特別の国であった日本が,軍事力を行使するような,ただの普通の国に成り下がろうとしています。

5月3日は憲法記念日です。
1947年5月3日に日本国憲法が施行されたことを記念して,翌年,祝日法によって制定されました。

もし,先の平和賞が日本国民にもたらされたら,さぞや楽しいことでしょうね。
期待せずに,待ちましょう。

お茶はなに色

5月2日は立春(2月3日)から数えて88日目,いわゆる八十八夜で,この日に摘んだ茶は上等なものとされ,この日にお茶を飲むと長生きするともいわれています。

茶摘」文部省唱歌(作詞・作曲は不詳)

夏も近づく 八十八夜
野にも山にも 若葉が茂る
あれに見えるは 茶摘みじゃないか
あかねだすきに 菅(すげ)の笠

日和(ひより)つづきの 今日此頃を
心のどかに 摘みつつ歌う
摘めよ摘め摘め 摘まねばならぬ
摘まにゃ日本の 茶にならぬ

この歌はつぎのYouTubeで聴けます。


ところで
お茶はなに色?
と問われると,ふつう「緑色」と答えますよね。
日本人ならお茶は「茶色」とは言いません。
なぜでしょう?

お茶の歴史は
最澄(767-822)や空海(774-835)らが留学中の唐から茶を持ち帰りましたが,薬用や儀式に用いられるだけで普及はしませんでした。
臨済宗の開祖・栄西(1141-1215)は 宋から抹茶系の製茶法,抹茶式のお茶のたて方を初めてわが国へもたらしました。

そして
緑茶(日本茶)は もともとは中国茶のように「茶色」でしたが 摘み取った茶葉を加熱処理して発酵を妨げ,「緑色」をとどめました。
おかげで
カテキン(渋み成分)血中コレステロールの低下,抗酸化作用
カフェイン(苦み成分)覚醒作用
テアニン(旨み成分)リラックス効果
その他,ビタミン類・サポニンなど多彩です。

風薫る5月,新茶でなくても,緑茶の効用を再確認して,おいしく飲みましょう。

コイの季節

恋の季節は「わっすれられないのー」ですが,鯉の季節は「こどもの日」です。
いくつもあるなかで,いちばん勇壮なのは
「鯉のぼり」作詞は不詳 作曲:弘田龍太郎(文部省唱歌)

甍(いらか)の波と 雲の波
重なる波の 中空を
橘(たちばな)かおる 朝風に
高く泳ぐや 鯉のぼり

開ける広き 其の口に
舟をも吞(の)まん 様見えて
ゆたかに振う 尾鰭(おひれ)には
物に動ぜぬ 姿あり

つぎのYouTubeで聴けます。

つぎのコイの季節は
広島東洋カープはいったいどうしたんですか
今年は強すぎですね!
現在(5月1日時点)でセ・リーグの堂々トップです。
なにしろ前健を筆頭に先発投手陣が素晴らしいところに,4番のエルドレッドという外人が打率もホームランもすごい。
例年,開幕後に好調でも,なぜか5月以降急に低迷し,「鯉のぼり」をしまい込むと「カープの季節」は終了,などと散々に言われていました。
このまま突っ走るのでしょうか?

でも
2位の阪神タイガースも良いんじゃないですか。
投手陣は明らかに広島より数段落ちますが,打撃はそれ以上ですよ。
その中心が新4番ゴメス。
開幕前までは,オープン戦に全く良いところがなくて,「打てなくて,ゴメんス」」という自虐派の虎ファンがダジャレを言うはずの予測を,良い方に裏切ってくれました。

ところが
お金をかけて補強しているはずの東の方のチームはなかなか浮上せず

江戸っ子は
皐月(さつき)の鯉の吹流し
口先ばかりで
腸(はらわた)は無し

という狂歌のように,老害代表の爺さんがいくら吠えてみても,このざまではねェ。

五月は新緑のよい季節です。
紫外線には気を付けて,屋外でスポーツを楽しみましょう。

吉田けんこうの言いのこし

つぎのような文章は,ほとんどの日本人なら目にしたことがあるでしょう。

 春はあけぼの
 やうやうしろくなり行く 山ぎはすこしあかりて
 むらさきだちたる雲の ほそくたなびきたる

平安時代の作家・歌人の清少納言(966頃-1025頃)による枕草子の書きだしです。

 家の作様(つくりやう)は 夏を主(むね)とすべし
 冬はいかなるところも住まる
 暑きころ悪(わろ)き住居(すまい)堪えがたきことなり

これは鎌倉末期の歌人・吉田兼好(1283-1352)の徒然草の第55段の一節です。

日本の三大随筆の二つをわざわざ紹介したのは,高校時代の古文の嫌な時間を思い出させるためではありません。

文人の清少納言が「春はあけぼの(夜明けの空が明るんできた頃)が良い」というのは,あくまで個人的な見解・嗜好として聞き流せますが,兼好法師のように「家は夏向きに作らねばならない」と断定されると,理系の人間としては,いささか引っかかるところであります。

そもそも
「夏に涼しく過ごせる住居」というのは可能なのでしょうか。
もちろん,これはエアコンなどの機械やエネルギを使うことなしに,という前提です。

まず
夏の暑さの最大の原因は強烈な太陽日射ですから,それを断熱性のある屋根でさえぎることです。
屋根に太陽電池パネルや太陽熱温水器を置くと,太陽エネルギを遮る効果とそのエネルギを有効に利用できるという2つの効果が引き出せます。

つぎに
窓からの日射除けには,庇を深くしたり,外側をヨシズやスダレで覆ったりして,日射を直接居室に入れないようにする工夫が必要です。
とくに西側の窓には効果的です。

そして
涼しく過ごすためには,外気を利用した換気や通風によって室温を低くすることです。
しかし
昼間の気温はすでに高温ですから,夜間の比較的低い気温の空気を利用しなければならないので,そこが難しいところです。
本当は,窓を開けっぱなしにして,夜の外気を室内に取り込めれば,かなり涼しく過ごせるのですが,防犯上の問題や,近隣が密接したような住居では,十分な通気・換気を取り込むのは困難になってしまいますよね。

もう一つの有効な方法は
水の蒸発熱を利用することです。
庭や屋根に散水して,温度を下げるのです。
これも日中では,少々散水してもすぐに蒸発してしまいますから,水の消費量もばかにならないし,やはり夕暮れどきの適当な時間に打ち水をしましょう。

さらに
庭のあるお宅では,植樹をすることです。
木の葉は非常に優れた断熱性能をもつので,木陰はとても快適な空間になります。
その木陰を通った空気を室内に取り込めば,かなり快適な換気になります。
西窓の外側に,植物をはわせる工夫も試みられていますが,植物自体もあまり環境のよくない場所では生育しにくいきらいがあるので,なかなか期待通りには行かないようです。

しかしながら
暑さ寒さもエアコンなどに頼ることを少なめにして,できるだけ自然環境と共生して,ある程度のストレス(外的刺激)を受けながら,少し我慢もして,抵抗力を養いながら生活するというのが,病弱の人や高齢者・幼年者を除く,一般の人々にとって,健康的な生き方というものではないでしょうか。

吉田さんも「けんこう」というぐらいですから,「健康」のことも考慮の内だったのでしょうか。

下着のCMがおもしろい

こんなラジオCMを知っていますか?

<男の声>
 ワコールから すべての女性のみなさまに
ブラジャーのお知らせです。

<女性の声>
 右にずれたり 左にはみ出たりしていませんか
 守ってあげたい 二つのデリケートなふくらみ
 大きいか 小さいか なんて関係ない
 あなたの大切な場所を 手でやさしく包み込むように
 ホールドします。

<男性の声>
 つづいて すべての男性のみなさまに
まったく同じナレーションで メンズ・パンツのお知らせ
です。

先ほどとまったく同じ内容が女性の声で流れます。

<男性の声>
 すべての製品に 同じだけの思いやりを ワコールです。

いかがですか?
おもしろいでしょう。
母印と金○のアナロジー(類推)を, ”二つのデリケートなふくらみ” と称するあたり,なかなかの視点です。

しかし
いくつか相違点もありまして, 大きさも硬さもまるで異なります。
だいいち,女性用は確かにホールドする感覚ですが, 男性用は必ずしもホールドしません。

むしろ通気性を優先する場合のほうが多いようです。
むかしの越中という褌(ふんどし)は, 風にそよぐ帆かけ舟のようでしたし, いまのトランクスもその系統でしょう。

かつての六尺は,確かに「褌を締めてかかる」 表現そのものでした。
いまはそれほどのホールド感のあるものはありません。
ビキニやTバック・サポータにその雰囲気は残っている のでしょうか。

ちなみに
私は昼間にはボクサー型で, 就寝時はトランクスです。
それこそ,まったくの蛇足でした。

永井一郎さんの思い出

声優・俳優・ナレータの永井一郎さん(1931.5.10-2014.1.27)が亡くなりました。
享年82歳の突然死でした。
各メディアはアニメ「サザエさん」の磯野波平の声を40年以上と 伝えましたが,私には別の感慨があります。

最近では
NHK広島局統括の「百歳バンザイ」(2002-2011)の 語り役があります。
100歳以上の元気な高齢者を紹介する10分のドキュメンタリ番組 ですが,PUFFYの「これが私の生きる道」のテーマ曲とともに,ご本人もライフワーク(終生の仕事)として, ご自身が百歳になってもやりたいとおっしゃっていました。

しかし
永井さんの声優としての原点は, なんといっても「ローハイド」(1959-1965)につきます。
テキサス州サンアントニオからミズーリ州セタニアまで3000頭の 牛を運ぶ壮大な西部劇です。

以下は(役職 役名 俳優 吹替え声優)
隊長 ギル・フェイバー エリック・フレミング 小林修
補佐役 ロディ・イエイツ クリント・イーストウッド 山田康雄
コック ウイッシュボーン ポール・ブラインガー 永井一郎

面白いドラマに共通するのが,役のキャラ(性格)が立っている
ということがあります。
元南軍の将校であったボスのフェイバーさんは逞しく頑固で男気
があって統率力にたけ,荒くれカウボーイ達も畏敬する存在。
優男で女に弱くちょっと頼りない軟派な補佐役のロディは 役柄とはいえ,今の硬派なイーストウッドを想像するのは困難。
いつも怒鳴りちらし,見習いのマッシーをボロクソに叱って ばかりいるが剽軽な髭の小男のコックのウイッシュボーンと, 役者がそろっていました。
個人的には,永井さんが高校の先輩ということで, 関心を持って見ていました。
この3人はそろって1962年2月21日に来日しています。

そして
主題歌をあのフランキー・レインが猛々しく吠えるように 歌います。
彼はこのほか
OK牧場の決斗」や「真昼の決闘」のハイヌーン でも有名ですね。
ブロークン(訛り)過ぎて何を言っているのか, ネイティブ(生粋の人)でもそうだったらしいのですが, 迫力と勇壮さは満点でした。

つぎのYouTubeでタイトルバック(題名の背景)に歌が流れます。

このテーマ曲を聴くと, 今でも「血わき肉躍る」状態になるんです。

このドラマは
永井さんの声優としての原点であると同時に, クリント・イーストウッドの俳優としての原点でもあるのです。
これはご両人ともに認めておられることです。

菜の花はうれしい

最初に菜の花が登場する歌です。

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 菜の花畠に 入日薄れ
 見わたす山の端(は) 霞ふかし
 春風そよふく 空を見れば
 夕月かかりて におい淡し

 里わの火影(ほかげ)も 森の色も
 田中の小路(こみち)を たどる人も
 蛙(かわず)のなくねも かねの音も
 さながら霞める 朧(おぼろ)月夜

菜の花の黄色は,心を癒します。
そしてこの歌も,一面の菜の花畠が広がっている その情景が目に浮かんできますね。
歌詞とメロディが融合して,春の黄昏(たそがれ) どきのゆったりとのどかな感じにあふれています。
日本人の好む懐かしい歌を調査すれば きっと上位にランキングされる曲でしょう。

朧月夜
作詞:高野辰之 (1876.4.13-1947.1.25)
作曲:岡野貞一 (1878.2.16-1941.12.29)

この歌は文部省唱歌として,作詞者・作曲者は 長く機密扱いになっていました。

文部省唱歌とは
明治から昭和にかけて 文部省が編纂した尋常小学校・高等小学校・国民学校 等の教科書に掲載された唱歌と楽曲の総称です。

この高野・岡野のゴールデンコンビは 次のような歌も作っています。

故郷」      1914.6   尋常小学唱歌(六)
朧月夜」    1914.6   尋常小学唱歌(六)
春が来た」  1910.7   尋常小学読本唱歌
春の小川」  1912.12 尋常小学唱歌(四)
紅葉」      1911.6   尋常小学唱歌(二)

いずれもみんながよく知っている とても懐かしい曲ばかりですね。

つぎのYouTubeでこの歌を聴くことができます。

菜の花には,次のような有名な句もあります。
 菜の花や 月は東に 日は西に 与謝蕪村(1716-1783)

菜の花は,おひたし・辛子和え,など食用にもなります。
また菜の花はアブラナ(油菜)とも呼ばれ 油をとるために栽培されてきました。
菜種とも言われますね。
菜種油は日本では食用の6割を占めます。

鑑賞用としても,食用としても,加工しても 菜の花は人間に大いに貢献してくれています。
だから自然に懐かしいと感じるのかもしれません。

日和見とは

 

日和見(ひよりみ)とは
天気模様をみて都合のよい方策をうかがうことです。

一般には
形勢をうかがって自分の都合のよい方につこうと二股をかけること,のようにあまり良くない使われ方を してきました。
日和見主義!」というのは糾弾用の言葉でした。

しかし
予測される成行きを考えて,それにふさわしい行動を 決めるということは,実に大切なやり方です。
天候をみて,それに応じた適切なTPOを考えます。
TPOとは,Time(時),Place(場所),Occasion(場合) のことです。

時は春
この季節そのものが,冬と夏との替り目の季節です。
したがって
春は天気や気温が変わりやすいのは あたりまえのことなんです。

この季節の初期,つまり早春には
三寒四温といって,三日ほど寒い日が続いた後に四日ほど暖かい日が続き,これを交互にくりかえす現象があります。

ですから
天気予報をよく聴いて,その日にふさわしいコスチューム (服装)を選択することが大切です。

天気予報はできるだけ新しいものを参考にするのは 言うまでもありません。

人によって暑さ寒さに対する体感が違うので, 自分は暑さに弱いが寒さに強い,とかという自分自身の 体質の特性を把握しておくことも必要です。

たとえば,一般的には
最高気温が10℃前後になると真冬の服装が必要で, 15℃前後になると薄いコートでも十分になり, 20℃を超えると昼間は上着さえも必要なくなります。

しかし
これは個人差による影響がかなり大きいので, それぞれの方がご自分でその境界を探してください。

でも
かなり暖かくなったのに,まだダウンや厚手コートを 着ていたりする人がいると, なんだか「時代遅れ」と思ってしまったり

まだ真冬並みに寒いのに,若い女性にありがちな, 暦のうえだけの春の装いをされると,「伊達の薄着」もつらいね,と思いますが, 同情はしません。
カゼを引かないように,すべては自己責任ですから。

朝晩の冷え込み,日中の日差しの強さ加減,風の吹き方 の程度などによって,体感はかなり変わってきますから, その辺の考慮も必要です。

天候によって,服装を調節して,自分に合った温熱環境に 調整するのは,人間の知恵の一つですから, 変わりやすいこの季節,適切なコスチュームの選択をして, うららかな春のひよりを満喫してください。

季節・気候と衣・食・住と歌にかかわって発信します