ふたたび,NHK連続テレビ小説(朝ドラ)「とと姉ちゃん」で,名前の由来を百人一首から付けられたという話がありました。
長女の常子は,
〇 世の中は 常にもがもな 渚漕ぐ 海人の小舟の 綱手かなしも
鎌倉右大臣(源実朝)
〈世は無常,常に変わるというけれど ああ どうか いつも変わらずにあってほしい。渚こぐ海人の小舟が 今日は曳綱で曳かれてゆく 天空と海のあわいに ぽつんと小さな人間の生の営み しぶきに濡れ 張ってはたゆむ曳綱のさま 海人のかけ声 この世は美しい 愛すべきものでみちみちている〉(田辺聖子・訳,以降も同)
母親(かか)の君子は,
〇 君がため 春の野に出でて 若菜つむ 我が衣手に 雪はふりつつ
光孝天皇
〈あなたにと思って まだ寒い早春の野に 私は出て やっと生いそめた 緑の若菜を摘みました。その私の袖に 雪がちらちら〉
この歌だと思っていたのですが,じつは次の歌からだったのでした。
〇 君がため 惜しからざりし 命さへ ながくもがなと 思ひけるかな
藤原義孝
〈君への思いが実を結んで もし愛し愛される仲になるならば この命を捨ててもいい 死んでも惜しくはない そう思っていたんだ。しかし本当にそうなったら 気持ちは変わった。ぼくは生きたい 長く長く生きて いつまでも君と愛し合いたい そう思うようになったんだ〉
純情な恋の歌です。21歳で夭折(ようせつ)した美青年貴族の歌です。
この由来を聞いて,君子は母(祖母)滝子の自分への深い思いを知ることになるのでした。
百人一首からの命名は,タカラジェンヌ(宝塚歌劇団の女優)には昔からよくありました。たとえば,
天津乙女(1901-80)
〇 天つ風 雲のかよひ路 吹きとぢよ をとめの姿 しばしとどめむ
僧正遍昭(へんじょう)
瀧川末子(初代:1901-没年不明,2代目:生年不明-1993,3代目:1974- )親・子・孫三代
〇 瀬をはやみ 岩にせかるる 滝川の われても末に あはむとぞ思ふ
崇徳院(すとくいん)
奈良美也子(1907-2000)
〇 いにしへの 奈良の都の 八重桜 けふ九重に にほひぬるかな
伊勢大輔(いせのたいふ)
有馬稲子(1932- )
〇 有馬山 猪名の笹原 風吹けば いでそよ人を 忘れやはする
大弐三位(だいにのさんみ)
崇徳院の歌「せをはやみ~」は有名な落語『崇徳院』にもなっていて,若旦那が一目ぼれした女性(この歌の上の句を書き残す)を熊さんがこの歌を叫びながら必死に探し回るというお話でした。
落語といえば,『千早ふる』というのもあって,
〇 ちはやふる 神代もきかず 竜田川 からくれないに 水くくるとは
在原業平朝臣(ありわらのなりひらあそん)
これはこの歌の意味を聞かれ,相撲取りの竜田川が遊女の千早に振られ,豆腐屋になった竜田川が,落ちぶれた千早に仕返しをする,という知ったかぶりの隠居のホラ話です。
今回は宝塚歌劇が登場したので,この曲にしましょう。
「すみれの花咲く頃」作詞:F.Rotter(訳詩:白井鐵造)
作曲:F.Dölle(1930)
阪急電車・宝塚線の宝塚駅から梅田行の電車が発車するときにこのメロディーが流れます。同じ宝塚駅から西宮に向かう電車(今津線)は「鉄腕アトム」の主題歌が流れます。
ここまでは優雅な和歌のはなしで,これからは深刻な話です。
中国の高官の間で「三代目のブタ」と蔑称で呼ばれているのは,言わずと知れた,北朝鮮の金正恩(キム・ジョンウン)第一書記のことです。中国では,検索禁止ワードになっているそうですが,人の口に戸は立てられません。
お隣の国どころか,ごく身近で「三代目のムチ」と呼ばれている宰相をご存知ですか?「ムチ」は「無知」と「無恥」の両方をかけています。
安倍晋三首相の直系の祖父は父・安倍晋太郎の親である安倍寛(1894-1946)ですが,彼は太平洋戦争中の1942年(昭和17年)の翼賛選挙に,東条英機らの軍閥主義を鋭く批判,無所属・非推薦で出馬するという不利な立場でしたが,最下位ながらも当選を果たしました。議員在職中は東條内閣の退陣要求,戦争反対,戦争終結などを,それこそ命がけで主張しました。
大政党の金権腐敗を糾弾するなど,清廉潔白な人格者として知られ,地元の山口では「大津聖人」,「今松陰(昭和の吉田松陰)」などと呼ばれ人気が高かったといいます。
安倍晋三は,なぜそんな高潔な祖父・安倍寛ではなくて,正反対な外祖父(母方の祖父)のA級戦犯であり,昭和の妖怪とまで称された岸信介(1896-1987)を敬慕するのか,まったく不思議な話です。
そのことは,『週刊ポスト』(小学館)5/22号(野上忠興の記事)に詳しいです。
優秀な父・晋太郎への学歴コンプレックスによる反発から,反骨の政治家だった祖父・寛の存在を拒否し,自分の意識から消し去ってしまったというわけです。晋三は決してコンプレックスを乗り越えたわけではなく,外祖父・岸信介というもっと大きな権威にすがることで,自分のプライドを癒し,肥大化させてきたのです。
そして今,その権威と自己同一化をはかり,「おじいちゃんの悲願達成」という個人的な思い入れのために,集団的自衛権を容認し,安保法制関連法案を閣議決定し,そして憲法改正へと突き進んでいるのです。
もし,反骨の祖父・寛が長命で,岸以上に晋三に影響を与えていたら,まったく違った結果になっていたかもしれない,とあり得ないことを思うのです。
そういえば,源実朝も鎌倉幕府の三代目将軍ですが,実権は母方の北条一族に握られていて,実朝の心は好きな文学の道へ向かうしかなかったのかもしれません。
以前にも紹介した古川柳,
売り家と唐様で書く三代目
現代では世襲は排除されるべきです。特に政治の世界では。
そろそろ梅雨の季節が始まります。
天気予報には注意して,前の予想は変わりますから,できるだけ直前の予報に気を付けて,気候変動に合うように自ら衣服を調整して,健やかにお過ごしください。