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話せる英語

いまや話せる英語,使える英語への要求が半端ないですね。学校教育でも英会話に力を入れていて,基礎となる文法は大丈夫?とつい思ってしまいます。

話せる英語の極端は,車夫英語でしょうか。
明治の文明開化の世になって,いきなり外国人に接する機会が増え,人力車の車夫たちはお客の英語を耳で聞いて,そのまま発音しました。

たとえば,

魬(ハマチ)       How much?   いくら?
赤飯(セキハン)     Shake hand.   握手して
知らんぷり(シランプリ) Sit down, please. 座って下さい
掘った芋(ホッタイモ)  What time?   何時?
揚げ豆腐(アゲトウフ)  I’ll get off.    降ります 
お仕舞いか(オシマイカ) Wash may car.  車を洗って

これが意外に通じるのです。
本を読んで綴り字から学んだのが書生,これを書生英語といってあまり通じなかったのです。

たとえば,
人名で ”Hepburn” では,「ヘボン」といえばヘボン式ローマ字,「ヘップバーン」と発音すると女優のオードリ-・ヘップバーンを指し,前者を車夫英語,後者を書生英語と言ってもいいと思いますが,もちろん,前者の方が通じます。

幕末から明治維新にかけて活躍したジョン万次郎中浜万次郎,1827-98)は,土佐の漁師で,14歳のとき,出漁中に難破して漂流,米国の捕鯨船に助けられ,本土に渡り,船長ホイットフィールドの養子となり,米国で学び,10年後に帰国,薩摩藩や土佐藩,さらに幕府に仕え,のち開成学校(現東京大学)教授となりました。
口語の通訳としては有能でしたが,日本語の学習経験がなかったため,英語の文章を日本語(文語)に訳すのは不得意だったそうです。

万次郎の編纂した英語辞書の発音にも,

こーる   cool
わら    water
さんれぃ  Sunday
にゅうよぅ  New York

などがあるのですが,不思議なことにこれがまたチャンと通じるのです。

さらに,グッとくだけて,深夜番組『タモリ倶楽部』(テレビ朝日系)で,タモリの「誰が言ったか知らないが、言われてみれば確かに聞こえる〈空耳アワー〉のお時間がやってまいりました。」で始まる,まことにふざけたコーナーがあります。
2018.5.12(00:20-00:50)放送,レイ・チャールズの「愛さずにはいられない(I can’t stop loving you)」を流して,映像は
バスタオルをまとって,お風呂から出てきた女性,そのバスタオルをとって,Tシャツを着ると,スマホに非通知の着信が,「拝見したわ,美乳」,ハイケンシタワビニュウ(アイキャンストップラビングユー),だと!
こじつけにも程がある,というものです。

今回の歌は,そのレイ・チャールズに敬意を表して,「わが心のジョージア(Georgia On My Mind)1960」にしましょうか。

Georgia, Georgia
The whole day through
Just an old sweet song
Keeps Georgia on my mind
I’m say Georgia, Georgia
A song of you
Comes as sweet and clear
As moonlight through the pines
Other arms reach out to me
Other eyes smile tenderly
Still in peaceful dreams I see
The road leads back to you
I said Georgia
Oh Georgia, no peace I find
Just an old sweet song
Keeps Georgia on my mind
Other arms reach out to me
Other eyes smile tenderly
Still in
 
レイ・チャールズ(Ray Charles Robinson,1930-2004)は,アメリカ・ジョージア州出身の盲目の黒人歌手・ピアニスト,バック・コーラスを背にピアノを弾きながら熱唱するのがスタイルでした。
20年近く麻薬を常用していましたが,1965年に更生施設に入所し,ヘロインを断つことに成功しました。
1979年にその「わが心のジョージア」が洲歌に定められました。2004年に伝記映画「レイ(Ray)」が公開されましたが,それを見ることなく,その年に肝臓癌で死去しました。
 
長い猛暑の夏もようやく終わりを告げ,
 
 秋来ぬと目にはさやかに見えねども風の音にぞ驚かれぬる
                  藤原敏行(古今和歌集)
 
というような季節になってきました。
こういうとき,夏の疲れが出やすいものです。しっかり食事して,しっかり休養をとって,夏バテした体力を回復させるときでもあります。
気温の急変には気をつけて,元気にお過ごしください。
 

新聞を読んで

新聞の発行部数が激減しているそうです。PCやスマホで無料かつ素早く見られるということで,やむをえない面もあります。
以前は,朝刊に目を通しながら朝食を食べる,夕刊に目を通しながら夕食を食べる,というのが一般的な家庭の光景のように思っていました。
通勤電車で新聞を広げている光景も見なくなりましたね。ほとんどスマホをですね。しかし彼らはニュースを見ているのではなさそうです。ゲームでしょうか,LINEのチェックでしょうか。

新聞を定期購読しないような家庭では,TVやスマホのニュースもあまり見てないようです。そのような人たちはどうやって社会の動きをとらえているのでしょうか。そういうことにまったく関心なく過ごしていては恐ろしいことになりかねません。

ここで,一つの新聞記事を紹介します。毎日新聞2018年7月10日夕刊の小国綾子あした元気になあれ』というコラムの「星野君の二塁打」という記事です。

 小学6年の「道徳」の教科書に載っている教材「星野君の二塁打」が議論を呼んでいる。野球チームで監督から犠打を命じられた星野君,それに背いて二塁打を放つ。その結果,チームは勝利するが,星野君は監督から「チームの約束を破り,輪を乱した」ことを理由に,次の大会で出場停止を言い渡されてしまう,という話。
 でも,星野君のしたことは本当に悪いこと? ふと,約10年前に米国で体験した少年野球を思い出した。現地のチームで野球をしていた息子が,毎打席のようにバントサインを出されたことがある。「自分の打撃がダメだから」と落ち込む息子を見かねて,家族で監督に理由を聞きに行った。ところが,監督は「えーっ! 君はバントが好きと勘違いしてたよ。だって,バントサインに『ノー!』と言わなかったじゃないか」。
 日本では監督の指示に黙々と従うのが美徳なんです,と説明したら,監督は息子にこう諭したのだった。「この国では,打ちたいなら打ちたいと意思表示しなきゃ。言わなきゃ何も伝わらないよ」
   ―― 後略 ――

この記事を読んで,こんなことが道徳の教材になっているのか,と驚きました。これで何を教えたいんですか。これを題材にしてディベートで議論させるなら,それはそれなりに教育効果はあるでしょう。しかし出場停止にするなんて,明らかにパワハラです。昨今の日大アメフトのやり方と何の変わりもありません。

これで思い出したのが,1992年の甲子園の夏の高校野球で,星稜高校(石川)の松井秀喜が,明徳義塾(高知)から5打席連続の敬遠を受けた事件です。なんと無走者の状態でも敬遠しました。前夜,明徳の馬淵監督は,故意に四球を与えているように思われないように,捕手は座ったまま,投手はストライクが入らないと首をかしげる,外野はフェンス際までさがる,など「演技」することさえ指示しました。
勝つためには何でもする,というのはフェアプレー(よく選手宣誓で言います)の精神から逸脱しているのではありませんか。
なにより,やっている選手たちが面白くなかった,と思います。
投手は強打者と勝負したかったのに違いありません。打たれても負けても良い思い出になったことでしょう。

今年は100回の記念大会とかで盛り上がっています。いや盛り上げ過ぎています。真夏の異常な暑さの中で,一堂に会して連日野球をすることに,なにより健康管理の面で,問題があるとは思いませんか。

もう一つの記事があります。
毎日新聞2018年7月13日夕刊の近藤勝重昨今 ことば事情』というコラムの「非常時/国防」です。

 非常時という言葉に人は何を連想するか。国家の重大な危機と,戦争が迫っていることを語釈としている辞書が一般的だ。
 それでは国防という言葉はどうだろうと引いてみたが,外敵から国を守るともっぱら戦争を想定した解釈が多い。
 しかし寺田寅彦は1934(昭和9)年,雑誌で「天災と国防」と題して災害も国を脅かす天然の敵とみて,国防の必要性を訴えた。かつ戦争は避けられるが,天災は「その襲来を中止するわけにはいかない」と書いている。
   ―― 中略 ――
 寅彦は文明の進歩で「日本全体が一つの高等な有機体」になるので,「その影響はたちまち全体に波及する」とも訴え,「文明が進めば進むほど天然の暴威による被害がその激烈の度を増す」と警告している。
   ―― 中略 ――
 増大する一方の防衛費のどのくらいを割けば,堤防の決壊といった事態を防ぎ得るのか。異常気象にも対応した議論がもっとなされなければならないのではないか。

今まさに寺田寅彦の警告が的中しています。地震・大雨の天災によって右往左往しています。起こる前の対策,起ってからの迅速な対応,毎年のように起こっているのに,そのたびに,不手際が目立ちます。本当の意味での国防意識に欠けています。政治家も,この非常時に宴会をしている場合ではない,もっと真剣に取組まねばなりません。

今回は,真夏に真冬の音楽です。
ヨハン・シュトラウスⅡのオペレッタ『こうもり』です。
ウィーン国立歌劇場では,年末に『こうもり』を,年始に『ニューイヤー・コンサート』を,ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団を各70人前後の二手に分けて上演するのが恒例です。

『こうもり』のあらすじは,役人を殴った罪で,刑務所に入ることになったアイゼンシュタインは明朝6時に収監されるのに,その前夜,仮面舞踏会に出かけるのです。そこで,ハンガリーの伯爵夫人に変装した妻ロザリンデに会い,口説きだすのです。
本当にハンガリー人?,と疑われるので,民族舞踏「チャルダッシュ」を歌うのです。

この曲には個人的な思い出があります。
今から6年前の夏,指揮法の勉強会で,ある新人のソプラノ歌手が,私の稚拙な指揮に付き合って歌ってくれたのです。
その後,どうされているのか,と気にかけていましたが,奨学金を受けてドイツに留学していて,スカラシップのコンサートが,来週,京都で開催されることを新聞で知って,聴きに行くことにしているのです。どんな様子なのか,今から楽しみです。

今夏は,まさしく異常な暑さです。大雨もあったし,逆進行の台風もあったり,異常気象を認めない訳にはいきません。
報道でも,熱中症予防を呼びかけていて,室内では躊躇なくエアコンを使うように,強く勧めています。
私も昨年までは,寝る前にエアコンを数時間つけて,寝るときに止めていましたが,今年はさすがに付けています。ただし,除湿モードで,起床時間の1時間前にタイマーで切れるようにしています。

秋が待ち遠しいですが,ご心配なく,もう数週間後には,間違いなく秋が訪れますから。それまで,給水を怠らず,無事に乗り切りましょう。

冬季オリンピックの思い出

いま韓国の平昌(ピョンチャン)で第23回の冬のオリンピックが2/9~25まで開催されています。

第1回大会は1924年にシャモニー(フランス)で行われました。

日本の初参加は第2回(1928)サンモリッツ(スイス)大会で,ノルディック6選手に監督1人,計7人でした。

第5回(1940)札幌,第6回(1944)コルチナ・ダンペッツォ(イタリア)は第二次世界大戦のために中止されました。

夏季大会でも,第12回(1940)東京,13回(1944)ロンドンが同様に中止になりました。

戦争がなければ,札幌,東京でもっと早くにオリンピックが開催できたのに,残念なことでした。
冬季大会は中止しても開催回数として数えていますが,夏季は飛ばしてカウントしています。

第16回1992年アルベールビル(フランス)までは夏季と同年開催
第17回1994年リレハンメル(ノルウェー)からは夏季の中間年に開催されています。

冬季オリンピックはやはり特別で,まだ南半球では開催されていません。

何といっても,強烈な印象を残したのが,初めての日本人メダルが銀で,しかも人気のアルペンスキーであったのです。

それは,第7回(1956)コルチナ・ダンペッツォ(イタリア)のアルペンの回転種目で,猪谷千春(1931-)が銀メダルを取りました。

千春さんは3歳から,父・六合雄(くにお,1890-1986)から英才教育を受け,といってもお父さん自身24歳でスキーに出会い,指導するための知識や技術がなかったのに,なにしろ結果を残しました。

この時代の人はすごくて,80歳でエベレストに登った三浦雄一郎(1932-)の父・敬三(1904-2006)は山岳写真家でしたが,100歳を過ぎてもスキーを滑りました。

猪谷が銀メダルをとったとき,アルペンスキー三冠(回転・大回転・滑降)を独占したのが,トニー・ザイラー(オーストリア,1935-2009)でした。

さわやかなイケメン(美男子)で映画に出演し,その影響でアマチュア資格に抵触するとされ,次のスコ―バレー五輪(1960)には出場できなくなり,本格的に俳優に転身しました。

白銀は招くよ』(59)で主題歌も歌って大ヒットしました。
銀嶺の王者』(60)では鰐淵晴子(わにぶち,1945-)と共演しました。
白銀に踊る』(61)でイナ・バウアー(独)と共演しました。トリノ(2006)の荒川静香の演技で有名になりましたが,美人選手でしたが,それほどの結果は残していません。

じつは,私は1961年からスキーを始めましたが,当時のゲレンデでは,『黒い稲妻』(58)というザイラー映画の影響か,全身が黒ずくめのウエアの人ばかりでした。

つぎの印象は,第11回(1972)札幌で70m級ジャンプで笠谷幸生(金),金野昭次(銀),青地清二(銅)はメダルを独占し,「日の丸飛行隊」と呼ばれました。

第16回(1992)アルベールビル(フランス)で,ノルディック複合団体(荻原健司・河野孝典・三ヶ田礼二)で金メダルを取りました。

この大会,複合の個人で,世界選手権では優勝を重ね,金メダルを期待された荻原でしたが,ジャンプでの風の影響で,メダルは取れませんでした。
この当時,日本はジャンプで先行し,距離で逃げきるパターンでしたが,日本人のジャンプが他国を圧倒していたため,以後ジャンプの点数が低く押さえられるルール改正につながりました。

複合では,前半のジャンプで瞬発力,後半の距離で持久力を必要とされ,総合的な運動能力が必要な競技なので,この種目の勝者には,ヨーロッパでは King of Ski の称号が与えられるそうです。

この大会,フィギュアスケート女子で伊藤みどり(69-)が,はじめてトリプル・アクセル(3回転半)を飛んで,銀メダルを取りました。
彼女のジャンプは高くて,4回転でも飛べそうでした。

第17回(1994)リレハンメル(ノルウェー)ではノルディック複合の団体(荻原健司・河野孝典・安倍雅司)で連覇しました。
ここでも,荻原は個人でメダルを逃しました。

第18回(1998)長野では,金メダルをとったのは5種目:
スキージャンプ個人ラージヒル 船木和喜
スキージャンプ団体 安倍孝信,斎藤浩哉,原田雅彦,船木和喜
スピードスケート男子500m 清水宏保
ショートトラック男子500m 西谷岳文
フリースタイルスキー女子モーグル 里谷多英

地元開催ということで,日本人も頑張ったんですね。

ちなみに,長野はオリンピック開催地としては最も南に位置する都市(北緯36°39.6′)ですが,大陸からの季節風と日本海と列島中央の高い山脈の影響で,豪雪地帯となっています。
南にあっても,雪を楽しめる(雪に苦しめられる?)土地柄なんです。

今回はやはり懐かしいこの歌『白銀は招くよ』にしましょう。映画の原題は ”12 Mädchen und 1 Mann “(12人の娘と1人の男),歌の原題は ”Ich bin der glücklichste Mensch auf der Welt”  (僕は世界一の幸せ者)です。

トニーザイラーの歌です。

日本語の歌詞は2種類あって

処女雪光る光る 冬山呼ぶよ呼ぶよ

子供向けの

雪の山はともだち 招くよ若い夢を

前者は,最近あまり聴かれなくなりました。NHKの子供番組の影響でしょうか。

この歌を聴いていると,猛烈にスキーに行きたくなってきます。昔は長いスキーをはいていましたが,今はカービング・スキーといって,短くて幅広のスキー板が一般的になりました。
道具一式を揃え替えるとなると,これまた大層ですね。

この季節,二十四節気では,
2月19日は雨水(うすい),冬の氷水が陽気にとけ雨水となって降る,の意。
3月6日は啓蟄(けいちつ),地中で冬眠した虫類が,陽気で地上に這いだす頃,で
いずれにしても,今年は久しぶりに寒い冬でしたが,もう春はそこまで来ています。
気候の変動が大きいこの季節,寒暖の変化に気をつけて,健やかにお過ごしください。

独裁者たち

かつて,チャールズ・チャップリン(1889-1977)というイギリス出身でアメリカで活躍した映画俳優・映画監督・コメディアンがいました。

いろいろな話題作をつくりましたが,
1940年,『独裁者』で,ナチス・ドイツを批判し,ヒトラーから全軍に彼の殺人指令がでました。

1952年,『殺人狂時代』で,

一人殺せば犯罪者だが,百万人殺せば英雄だ

という名セリフを吐きました。

その影響で,1952年に,いわゆる「赤狩り」によって,国外追放となります。

ここで,赤狩り(Red Scare)とは
政府が国内の共産党員およびそのシンパ(sympathizer:同調者,支持者)を,公職などから追放すること。第二次世界大戦後の冷戦を背景に,主にアメリカとその友好国である西欧諸国で行われました。

アメリカでは,共和党右派のジョセフ・マッカーシ上院議員が主導したので「マッカーシズム」と呼ばれ,対象が政府関係者・軍関係者から芸能関係者・作家に至るまで広範に及び,外国人も含まれました。

独裁者は,現在でも全世界に,たくさん存在します。

米ワシントンのホロコースト(大虐殺)記念館に,「ファシズムの初期症状14項目」が展示されており,これがトランプ政権下のアメリカに共通すると話題になっているそうです。

①強情なナショナリズム
②人権の軽視
③団結のための敵国づくり
④軍事の優先
⑤性差別の横行
⑥マスメディアのコントロール
⑦国家の治安に対する執着
⑧宗教と政治の癒着
⑨企業の保護
⑩労働者の抑圧
⑪学問と芸術の軽視
⑫犯罪の厳罰化
⑬身びいきの横行と腐敗
⑭不正な選挙

これらはアメリカだけの話にあらず,わが日本の安倍政権でも,恐ろしいほどに当てはまるのです!

・「愛国心」を盛り込んだ教育基本法改正や昨今の右傾化,「国益」なる言葉の横行は①
・基本的人権を軽視する自民党の憲法改草案は②
嫌中・嫌韓や北朝鮮の脅威をあおるのは③
防衛関係費の急増は④
・政府・与党による報道番組への介入,政権のお先棒を担ぐ新聞社(産経・読売)による「政権を批判するヤツは許さん」的な言論封殺は⑥
共謀罪(テロ等準備罪,組織的犯罪規制法)は⑦
森友・加計問題は明らかに⑬

われわれが,今後もしっかりと監視して行かなければならないところです。

北朝鮮の金正恩(キム・ジョンウン,1984-)が独裁者なのは明白です。

中国では,2017年に5年に一度の共産党大会が開催され, 約8,900万人の党員から2,287人の代表が選ばれ,1週間程度,開催されました。そこで習近平(1951-)主席が最高責任者としてもう5年間は続けることが決まっています。政敵はいませんから,独裁政権と同じです。

ロシアでは,ウラジミール・プーチン(1952-)が2000年から2期8年大統領をつとめ,その後首相を4年やり,2012年から任期を6年に延長した大統領に再登板し,2018年の今年は2期目をやろうとして,なにしろ支持率は80%を超えるといいますから,無風で選ばれることになっています。非民主的(反民主的)で,非合法な(謀略的な)手法で支配力を行使し政治を行っていることも様々な調査で明らかになっており,手荒な独裁的行為で,大統領を続けています。

このような独裁国家に囲まれて,日本も大変なんです。だからといって,みずからが独裁国家になって対抗するなんてことは決して得策ではありません。

今月の歌は,時節がら,この歌「ホワイト・クリスマス」にしましょう。ホワイト・クリスマスと言えばビング・クロスビー,ビング・クロスビーと言えばホワイト・クリスマス,と言えるほどの定番中の定番です。

ホワイト・クリスマスアーヴィング・バーリン:作詞・作曲
ビング・クロスビー:唄 (1941)

英語のクリスマスの挨拶は

We wish you a Merry Christmas and a Happy New Year

これは歌の歌詞にもなっていて,クリスマスとお正月を一緒に祝う定番の挨拶です。

つぎは日本の歌ではありませんが,堀内敬三の訳詞で有名です。

冬の星座堀内敬三・訳詞 ウイリアム・ヘイス・作曲
「中等音楽(一)」に所蔵(1947)

年末年始は何かとあわただしく,体調もくずしがちです。
今年の冬は厳冬の予報がでていますので,くれぐれも注意して寒さの冬を乗り切りましょう。 

日本人のわざ

日本では,手先で物を作る仕事を極める職人を匠(たくみ)と称し,とくに大工の頭を棟梁と呼び,昔から皆から信頼され尊敬されてきました。

ドイツではマイスター(Meister),イタリアではマエストロ(maestro),米英ではマスター(master)と呼ばれていますが,国によって表現の感じが異なっています。

マイスターと言えば,社会的にも確立した親方で,ワーグナーの楽劇『ニュルンベルグのマイスタージンガー(職匠歌人)』で有名です。
マエストロと言えば,本来は巨匠という意味ですが,世界中で,敬意をこめて指揮者に対して用います。
それに比べて,マスターは喫茶店の店主みたいに,軽く使われているようです。

さて,いまTVドラマ『陸王』が話題です。
池井戸潤(1963-)の原作で,半沢直樹,下町ロケット,ルーズベルト・ゲームにつづく人気ドラマになっています。
あらすじは,老舗の足袋製造業者がランニングシューズの開発に挑戦する奮闘を描きますが,じつはこれには有名な実在の人物たちがいます。

日本人が初めてオリンピックに参加したのは1912年の第5回ストックホルム(スウェーデン)大会でした。参加者は選手は三島弥彦(短距離)と金栗四三(マラソン),役員は加納治五郎(団長)と大森兵蔵の計4名でした。

金栗四三(かなぐり  しぞう,1891-1983,92歳没)はその前年,マラソン足袋をはいて世界最高記録を樹立して本番に臨みましたが,レース途中で日射病で意識を失ない,近くの農家で介抱されて,ゴールできませんでした。

1967年,金栗選手はスウェーデンのオリンピック委員会から,ストックホルム五輪55周年の記念式典に招待され,関係者から促され,競技場でゆっくり走って用意されたゴールテープを切りました。そのとき,場内アナウンスがあり,「日本の金栗,ただいまゴールしました。時間は54年8ヶ月6日32分20秒3,これをもって第5回ストックホルム・オリンピックの全日程を終了します」。
まことに,なんと粋な計らいでしょうか。

このマラソン足袋を開発したのが播磨屋(はりまや)足袋店(後のハリマヤ)の黒坂辛作(しんさく,1880-)でした。金栗と共同して改良をかさね進化させました。

1936年,ベルリン五輪で,このマラソン足袋(金栗足袋)をはいて日本代表の孫基禎(そんきてい,朝鮮籍,1912-2002)がマラソンで金メダルをとりました。

敗戦後の1951年,米・ボストンマラソンで田中茂樹(当時19歳)がマラソン足袋で優勝しました。これは,2年前に設立した鬼塚(オニヅカタイガー,現アシックス)の製品でした。

ドラマでは100年つづく老舗足袋店となっていますが,創業当時すでに実際はマラソン足袋は作られていたのです。

金栗さんは,箱根駅伝の開催に尽力し,日本に高地トレーニングを導入したり,日本のマラソン界の発展に大きく寄与し,「マラソンの父」と呼ばれています。
グリコの1粒300mのモデルとも言われています。

東京オリンピック前年の2019年のNHK大河ドラマ『いだてん』は金栗さんをモデルにした物語だそうです。

今回の歌は,さわやかなこの曲にしましょう。

いずみのほとり
・深尾須磨子 作詞
・橋本國彦 作曲

水よ水よ きれいな水よ
水よ水よ きれいな水よ
青い空や すすきのかげをうつしている
水よ水よ 秋の水よ
水よ水よ 秋の水よ

むかしむかし いずみのほとり
天使たちが 子羊たちと 遊びました
むかしむかし 今は むかし

水よ水よ きれいな水よ
水よ水よ きれいな水よ
青い空や とんぼのかげをうつしている
水よ水よ 秋の水よ
水よ水よ 秋の水よ

深尾須磨子(1888-1974) 兵庫県生れ,詩人・作家・翻訳家。

橋本國彦(1904-1949) 東京生れ,作曲家・ヴァイオリニスト指揮者。

秋も深まってきました。今年は夏から秋もそうでしたが,秋から冬への季節の変わり方が,余りに急なようです。

気候の変化には十分に気をつけて,風邪など引かないように,元気にお過ごしください。

北斎の世界

いま,TVでも葛飾北斎の話題でもちきりです。その原因の一つは,大英博物館  国際プロジェクト  展覧会「北斎  ―  富士を超えて」が大阪のあべのハルカス美術館で開催(10/6-11/19)されています。
つまり,大英博物館の所蔵する北斎の作品展です。
行ってきましたが,すごい人出でした。

1999年に,アメリカ合衆国の『ライフ』誌の企画「この1000年で最も重要な功績を残した世界の人物100人」で日本人で唯一,86位にランクインしました。北斎は世界に認知された大芸術家なのです。

たとえば,印象派のゴッホ(蘭,1853-90)やモネ(仏,1840-1926)に影響を与え,作曲家ドビュッシー(仏,1862-1918)は『神奈川沖浪裏』に誘発されて交響詩「海」を作曲しました。

大物らしく,奇妙なエピソードにこと欠かず,
改号すること30回,転居すること93回,飲酒も喫煙もしない,耳が大きく,身長180cmの大柄,六尺の天秤棒を杖代わりに,食事・衣装・金銭に無頓着,不作法で,気位が高く,富や権力でも動かない,数え90歳(卒寿)没と長命でした。

同時代同業の37歳年下の安藤(歌川)広重の来訪を受けた時も,そっけない応対で立腹させ帰らせてしまいました。これは,弟子にしてほしいという申し出に,既に一人前である,と認めていたから,といいます。
実際,『富嶽三十六景』の出版の2年後に,広重の『東海道五十三次』が大評判となったのでした。

葛飾北斎(1760.10.31-1849.5.10)は武蔵国葛飾文書割下水(現東京都墨田区)に貧しい百姓の子として生まれました。
勝川春草の門下となりますが,狩野派や唐絵・西洋画なのどの画法を学び,そのため勝川派を破門されます。

三女お栄(葛飾応為)は絵師に嫁ぐも,その絵を批判し離縁され,その後生涯北斎と起居を共にし,助手を務めました。色彩感覚に優れており,北斎晩年の作は,応為の代筆によるものと考えられています。

主な作品
・『北斎漫画』初編(1814,53歳)

・『富嶽三十六景』(1923-33,62-72歳)10年かけて完結
そのなかでも,有名なのは

・『神奈川沖浪裏』通称:大浪,大波(the Great Wave)
普通の肉眼では波頭はこの絵のようには見えません。1/5000でシャッタを切るとこのように見えました。これまでの機械式のシャッタでは最大でも1/2000までしか撮れませんでした。
北斎の目は電子シャッタの領域の,まさに神の目だったのです。

・『凱風快晴』通称:赤富士(the Red Fuji)
・『山下白雨』通称:黒富士(the Black Fuji)

信濃国高井郡小布施の高井鴻山の招きで晩年の4年間(1844-48)小布施に住み,
・祭屋台の天井絵『怒涛図』などを描きました。

北斎の臨終のときの様子は次のように書き残されています。

翁 死に臨み大息し
天我をして十年の命を長らわしめば 」といい
暫くして更に言いて曰く
天我をして五年の命を保たしめば 真正の画工となるを得(う)べし 」と言吃りて死す

これは,「死を目前にした(北斎)翁は大きく息をして『天があと10年の間,命長らえることを私に許されたなら』と言い,しばらくしてさらに,『天があと5年の間,命保つことを私に許されたなら,必ずやまさに本物といえる画工になり得たであろう』と言いどもって死んだ」との意味です。

日常の生活を健康的に過ごしたとはとても言い難い北斎が,当時としては異例の90歳まで,なぜそんなに長生きできたのか,不思議に思われていますが,絵に対する飽くことのない探求心・向上心という意欲が長生きの大きな源泉だったのでは,と思います。

辞世の句は,

人魂で 行く気散(きさん)じや 夏野原

その意,「人魂になって夏の原っぱにでも気晴らしに出かけようか」というものでした。

今回は富嶽三十六景にちなんで,この歌,唱歌『ふじの山』にしましょう。

ふじの山』巖谷小波・作詞 作曲者不詳 尋常小学読本唱歌(1910)

あたまを雲の上に出し 四方の山を見下ろして
かみなりさまを下にきく ふじは日本一の山

青ぞら高くそびえたち からだに雪のきものきて
かすみのすそをとおくひく ふじは日本一の山

巖谷小波(いわや  さざなみ,1870-1933)東京出身,明治・大正の作家・児童文学者・俳人。『一寸法師』の作詞も。

今年のノーベル平和賞はICANに決まりました。
ICANとは,核兵器廃絶国際キャンペーン(International Campain to Abolish Nuclear Weapons)の略称で,スイスのジュネーブに本部をおく国際NGO(非政府組織)で,60ヵ国以上の団体が参加しています。
核戦争防止国際医師会議(1985年ノーベル平和賞受賞)のオーストラリアの運動から派生したNGOで,2007年に正式に発足しました。
今年7月に国連で「核兵器禁止条約」が採択されたのですが,常任理事国(米・英・露・仏・中)など核を保有する国々は批准していません。唯一の被爆国である日本も批准していません。アメリカの核の傘に依存する日米安保条約のもとでは賛成できないのでしょうが,国民感情としてはおかしな話です。

世界の軍事力ランキング(Global Power:2017)

1.アメリカ
2.ロシア
3.中国
4.インド
5.フランス
6.イギリス
7.日本
8.トルコ
9.ドイツ
10.イタリア
11.韓国

23.北朝鮮

1位から6位までは核保有国です。非核保有国では日本が最大の軍事力を保持していることになります。

ただし日本憲法9条は以下のとおりです。

第9条  日本国民は,正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し,国権の発動たる戦争と,武力による威嚇又は武力の行使は,国際紛争を解決する手段としては,永久にこれを放棄する。

2   前項の目的を達するため,陸海空軍その他の戦力は,これを保持しない。国の交戦権は,これを認めない。

衆議院選挙が終わりました。自民党の圧勝でした。
安倍政権は,争点として,北朝鮮の脅威,をあげました。この機会に,自衛隊を国軍に昇格させて,軍事力を増強して「普通の国」になりたい思いが頑強にあります。
しかし,軍事費を増大させて,軍事力を強化しても,緊張を増幅させるだけで何の解決にもなりません。

トランプ政権は,安倍政権以上に無茶苦茶な政権ですから,何をやりだすか分りませんが,もし戦争を勃発させても,簡単には問題は解決しません。それはこれまでの幾つも過去の戦争を見てきて分ることです。大勢の人が死に,混乱を増大させて,紛争が泥沼化し,経済は疲弊し,良いことは何一つ起こりません。

衆院選の投票率は全体で53.51%でした。18,19歳では41.51%,19歳に限ると,なんと32.34%しかありませんでした。
大型台風直撃の影響はあったにせよ,非常に残念な結果でした。もっと自分たちのこと,そして社会のことを真剣に考えないと,知らない間に,おかしな方向に進められてしまう,危険性があります。

選挙に行った若者のなかに,「選挙に行かないで国政を批判するのは無責任だ」と発言した人がいました。そのとおりです。世の中が良くなって行かないのは,国民が良くなりたいという意見を発信しないからです。

今年の秋は,台風の影響もあって,長雨が続きましたが,体調はいかがですか。気候が変動すると体調もおかしくなることが多いので,くれぐれも気温変動には気をつけて,元気にお過ごしください。

役に立つ

役に立つ」とは,その事のために十分適している,用をなすに足る,という意味で使われています。「この機械は古いがまだ役に立つ」と物にも使われますが,「世の中の役に立つ」とか「人の役に立つ」などと人に対して使われることが多いです。

 現在放映中のTVドラマ『ごめん,愛してる』は,韓流ドラマの焼き直しらしいのですが,親に捨てられて孤児院で育てられ,韓国ヤクザの世界に身を置いた主人公が,余命3ヶ月の宣告を受け,最後に母に会いたいと,日本に戻ってきます。
子を捨てるぐらいだから,母は経済的に困っているはずと,大金を手に戻るのですが,弟がいて,アイドルピアニストとして売り出し中で,豊かな暮らしをしているのでした。
このあたりは,長谷川伸(1884-1963)の『瞼の母』に設定が似てますね。
主人公の思いは一つ,人の「役に立つ」ことでした。

人間たるもの,生れて来たからには,何かの役に立ちたい,せめて少しでも人の役に立ってから死にたいと思うのは自然です。
特に,先が見えてきたら,そういう思いが強くなるのはよく分ります。

人類が進化してきたのは,二足歩行して,手が自由になり高度な動作が可能となった反面,逆に起立したことによって骨盤に圧迫され産道が狭くなり,出産すら独りではできず,仲間の手助けを必要としました。この共同作業を必要とする生き方が人類を発展させた大きな要素だったのです。
そういう意味では,陸上競技の100m×4リレーで,日本選手が,個々の力では劣るのに,先の世界大会では銀メダル,ユニバーシアード大会ではアメリカを抑えて堂々の金メダルを獲得する快挙をなしとげたのは,まさにこの助け合いの精神が生かされたからでしょう。
共同作業や連帯が得意な日本人が,これからも活躍できる場面は多くありそうですね。

「役に立つ」の反対語は,「役立たず」でしょうか。
これは相当に強い言葉で,もし,こう言われたら,人間としての能力を,全否定されたようで,衝撃です。

以前,カナダで,厳しい語学教育をすることで有名なクィーンズ大学キングストン校で英語教育を受けたことがあります。
ディベート(debate,討論)の時間に,高齢者問題を取り上げたとき,メキシコから来た若い女子が「老人は役立たず(useless)」と発言し,「彼らの経験と知識は役に立つ」などと厳しく反論されておりました。こんなことを高齢社会の日本で発言したら,とんでもないことになりますね。
しかし,若い人の本音なんでしょうか。近い将来,自分もそうなるのにね。

今回の歌は『浜辺の歌』です。

 林古渓(こけい)作詞 成田為三・作曲(1916)

あした浜辺をさまよえば
昔のことぞ忍ばるる
風の音よ 雲のさまよ
寄する波も かいの色も

ゆうべ浜辺をもとおれば
昔の人ぞ忍ばるる
寄する波よ かえす波よ
月の色も 星のかげも

林古渓(1875-1947)は林羅山に連なる学者の家系で,本名は竹次郎,東京・神田出身の歌人・作詞家・漢文学者。

成田為三(1893-1945)は秋田出身の作曲家。秋田師範を卒業後,1年間小学校で教鞭をとった後,東京音楽学校(現東京藝術大学)に入学,山田耕筰に師事,在学中に『はまべ(浜辺の歌)』を作曲,ドイツに4年間留学,多くの管弦楽曲,ピアノ曲を作曲しました。初期に作った童謡が代表作のように扱われて,本格的な作曲技法を見につけたご本人としては不本意だったと思いますが,日本人に広く親しまれていつまでも愛唱される『浜辺の歌』は名曲で,それは名誉なことでしょう。

秋は変化の季節,9月は台風もあり,気象変化には繊細に対応する必要があります。毎日の気温変化には気を付けて,ふさわしい衣服の選択をしましょう。秋雨前線が発達してきて,そこに台風が重なったりすると,大きな災害を引き起こす危険があります。9月は防災の月でもあります。大雨がふったら車や自転車は控え,不急の外出も控えた方が安全でしょう。

この季節は,おいしい食べ物が豊富な食欲の秋,秋空のもとスポーツの秋のシーズンです。
食事と運動は健康のみなもと,食べ過ぎには注意して,適度な運動をして,元気にお過ごしください。

わからん言葉

世の中にはよくわからない言葉がたくさんあります。

伝統的な言葉なら,勉強不足です,しっかり理解しましょう,という気にもなりますが,新しい造語だと,説明されても訳がよく分からなくて,覚える気にもならないことが多々あります。

その代表的なのが,コンピュータ関連の用語でしょうか。

たとえば,
ホテルやお店で,「Wi-Fi 使えます」のどの表示を見かけることがあります。
Wi-Fi(ワイ・ファイ)とは,国際標準規格 IEEE802.11 を使用したデバイス間の相互接続が認められたことを示す名称。無線LAN のひとつ。

IEEE(アイ・トリプルイー)とは,The Institute of Electrical and Electronics Engineers,米国の電気電子工学会のこと。

LAN(ラン)とは,Local Area Network,家庭内や企業内などの比較的狭い地域に限定されたコンピュータネットワークのこと。

数字による規格では分りにくいとして,音楽で既に用いられていた Hi-Fi(High Fidelity,高忠実度)から Wi-Fi としました。
「Wireless Fidelity」という由来は,後付けされたものです。

そういえば,ハイ・ファイ・セット(74-94)という音楽グループがありましたね。赤い鳥(69-74)が解散して,山本潤子らの3人のグループでした。「卒業写真」「フィーリング」などをヒットさせました。

家庭内のスマートフォン,パソコン,テレビ,ゲーム機などをWi-Fi でつなげば,家族のみんなが,それぞれのスマホなどから,パソコンやビデオのデータを共有して,画像・動画や音楽を楽しめたりします。便利ですね。しかし,面倒ですね。

もうひとつ,IoT(アイ・オー・ティ)があります。
Internet of Things の略で,「物のインターネット」と言ったりします。
様々な「モノ(物)」がインターネットに接続され,情報交換することにより,相互に制御する仕組みです。それによる社会の実現も指す,としています。

ややこしいですよね。
それに比べれば,昔の言葉は良いですね。分りよいし,音の響きもいいです。
代表的な四文字熟語を並べますと,

品行方正  行ないが正しくきちんとしているさま

清廉潔白  心が清くて私欲がなく,いさぎよくてけがれていないこと

謹厳実直  慎み深くて厳格で,誠実で正直なこと

質実剛健  飾り気なくまじめで,逞しく健やかなこと

頭脳明晰  思考力が明らかではっきりしていること

容姿端麗  顔だちと体つきが整ってうるわしいこと

眉目秀麗  みめ(まゆと目)が優れてうるわしいこと

明眸皓歯  澄んだひとみと白い歯。美人の形容にいう 

これだけ揃っていると,言うことなしの人物ですね。

今年の夏は東日本と西日本では季節が全く異なりました。
東日本は不順な気候で,雨がよく降って,気温も低く,冷夏でした。農作物の出来が心配されます。

それに反して,西日本では,酷暑でした。真夏日熱帯夜は何日つづいたのでしょう。
しかし,夏は暑いのが当たり前,寒ければ,宮沢賢治のように「寒さの夏はおろおろ歩き・・・」と山背(やませ)が心配されます。

山背とは,夏,北海道・東北地方の太平洋側に吹き寄せる東寄りの冷湿な風のこと,稲作に悪影響を与えます。凶作風です。

この大阪でも,朝晩は秋めいてきました。
夜には虫の声が聞こえるようになってきました。

今回はこの季節にふさわしいこの歌にしましょう。

虫のこえ』 尋常小学読本唱歌(1910.7)
 作詞・作曲者不詳

あれ松虫が 鳴いている
ちんちろ ちんちろ ちんちろりん
あれ鈴虫も 鳴き出した
りんりんりんりん りいんりん
秋の夜長を 鳴き通す
ああおもしろい 虫のこえ

きりきりきりきり こおろぎや(きりぎりす)
がちゃがちゃ がちゃがちゃ くつわ虫
あとから馬おい おいついて
ちょんちょんちょんちょん すいっちょん
秋の夜長を 鳴き通す
ああおもしろい 虫のこえ

いわゆる「オノマトペ(onomatopoeia)擬声語」のオンパレード(総出演)です。こういう音に聞こえたんでしょうね。

これからが季節の変り目,体調を崩しやすいシーズンです。
夏の疲れを残さず,温度変化に気を付けて,元気に過ごしましょう。

月が綺麗ですね

月がきれいですね」と言われたら,どう反応しますか?

夏目漱石が英語教師をしていたとき, “ I love you ” を生徒が「我君を愛す」と直訳したのを聞き,「日本人はそんなことを言わない。月が綺麗ですね,とでもしておきなさい」と言ったとされる逸話から,遠回しな告白の言葉として使われているそうなんです。
現在の朝ドラ『とと姉ちゃん』でも,使われていました。

そうすると,「そうですね」,「本当に」などと答えたのでは,意思が伝わらないことになります。

二葉亭四迷はロシア文学を翻訳した際,腕にキスして抱き寄せるというロマンチックなアプローチに対して,女性が
Ваша… (ヴァーシャ)” =「yours(あなたに委ねます)」とささやいたシーンを,
死んでもいいわ」と訳しており,しばしばこの「月が綺麗ですね」への返答として
「死んでもいいわ」はセットで使われることが多いそうなんです。

しかし,それでは急に生々しくなりますね。

また漱石の小説『三四郎』のなかで,

Pity’s akin to love.(憐憫は恋に類似する)

可哀想だた惚れたって事よ」と与次郎が俗っぽく訳したのを,広田先生は「下劣の極だ」と苦い顔をする,という有名なシーンがありました。

夏目漱石(1867-1916)は今年,没後100年ということで,朝日新聞では『吾輩は猫である』を再連載しています。

漱石は,小説の出だしを味のある名文で読者を引き込むのが上手です。落語の枕のつかみ,に似ていますね。

草枕
山路を登りながら,こう考えた。
智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。とかくに人の世は住みにくい。
住みにくさが高じると,安い所へ引き越したくなる。どこへ越しても住みにくいと悟った時,詩が生れて,絵が出来る。

坊っちゃん
親譲りの無鉄砲で子供の時から損ばかりしている。

吾輩は猫である
吾輩は猫である。名前はまだない。
どこで生まれたか頓と見当がつかぬ。何でも薄暗いじめじめした所でニャーニャー泣いていた事だけは記憶している。

月の美しい季節になりました。
中秋の名月」という言葉がありますが,陰暦の7・8・9月を秋としましたから,真ん中の8月が中秋で,旧暦の8月15日を指します。現在に置き換えると,9月15日になります。

十五夜が満月で,月の出る時刻が,毎晩約50分づつ遅くなるので,月の出を待つ様子が名前になっています。

15日  十五夜,満月
16日  十六夜(いざよい)
17日  立待(たちまち)月
18日  居待(いまち)月
19日  寝待(ねまち)月,臥待(ふしまち)月
20日  更待(ふけまち)月

月がとっても青いから 遠回りして帰ろう」(清水みのる:詞,陸奥明:曲,菅原都々子:歌)という曲がありました。

月が鏡であったなら恋しあなたの面影を夜毎うつして見ようもの(題:忘れちゃいやヨ)」(最上洋:詞,細田義勝:曲,渡辺はま子:歌)というものありました。

短歌には,

月々に 月見る月は 多けれど 月見る月は この月の月 (よみ人知らず)

月見れば 千々にものこそ 悲しけれ わが身ひとつの 秋にはあらねど 大江千里〈百人一首〉)

俳句にも名句があります。

名月や池をめぐりて夜もすがら 松尾芭蕉

名月をとってくれろと泣く子かな 小林一茶

今回の歌は月つながりで, この曲にしましょう。
月の砂漠加藤まさを:作詞 佐々木すぐる:作曲 『少女倶楽部』(1923) 小鳩くるみ:歌

月の砂漠を はるばると
旅のらくだが 行きました
金と銀との くら置いて
二つならんで 行きました

金のくらには 銀のかめ
銀のくらには 金のかめ
二つのかめは それぞれに
ひもで結んで ありました

先のくらには 王子さま
あとのくらには お姫さま
乗った二人は おそろいの 
白い上着を 着てました

ひろい砂漠を ひとすじに
二人はどこへ いくのでしょう
おぼろにけぶる 月の夜を
対のらくだは とぼとぼと
砂丘を越えて 行きました
だまって越えて 行きました

この「砂漠」は何をイメージしていたのか,は長く論議されてきました。明らかに,本当の過酷な砂漠ではなく,日本のどこかの穏やかな「砂丘」だったと思われます。

夕方から夜の虫の音が騒がしいほどになってきました。
秋は夏と冬との間の大きな季節の変り目です。
夏から秋への季節も変化が思いのほか激しいので,気を付けてお過ごしください。
この季節は台風の季節でもありますので,気象予報には,できるだけ新しい情報を,スマホなどで確認して,安全な対応をしてください。

名前の由来

ふたたび,NHK連続テレビ小説(朝ドラ)「とと姉ちゃん」で,名前の由来を百人一首から付けられたという話がありました。

長女の常子は,

世の中は 常にもがもな 渚漕ぐ 海人の小舟の 綱手かなしも
鎌倉右大臣(源実朝)

〈世は無常,常に変わるというけれど ああ どうか いつも変わらずにあってほしい。渚こぐ海人の小舟が 今日は曳綱で曳かれてゆく 天空と海のあわいに ぽつんと小さな人間の生の営み しぶきに濡れ 張ってはたゆむ曳綱のさま 海人のかけ声 この世は美しい 愛すべきものでみちみちている〉(田辺聖子・訳,以降も同)

母親(かか)の君子は,

君がため 春の野に出でて 若菜つむ 我が衣手に 雪はふりつつ
光孝天皇

〈あなたにと思って まだ寒い早春の野に 私は出て やっと生いそめた 緑の若菜を摘みました。その私の袖に 雪がちらちら〉

この歌だと思っていたのですが,じつは次の歌からだったのでした。

君がため 惜しからざりし 命さへ ながくもがなと 思ひけるかな
藤原義孝

〈君への思いが実を結んで もし愛し愛される仲になるならば この命を捨ててもいい 死んでも惜しくはない そう思っていたんだ。しかし本当にそうなったら 気持ちは変わった。ぼくは生きたい 長く長く生きて いつまでも君と愛し合いたい そう思うようになったんだ〉

純情な恋の歌です。21歳で夭折(ようせつ)した美青年貴族の歌です。

この由来を聞いて,君子は母(祖母)滝子の自分への深い思いを知ることになるのでした。

百人一首からの命名は,タカラジェンヌ(宝塚歌劇団の女優)には昔からよくありました。たとえば,

天津乙女(1901-80)
天つ風 雲のかよひ路 吹きとぢよ をとめの姿 しばしとどめむ
僧正遍昭(へんじょう)

瀧川末子(初代:1901-没年不明,2代目:生年不明-1993,3代目:1974- )親・子・孫三代
瀬をはやみ 岩にせかるる 滝川の われても末に あはむとぞ思ふ
崇徳院(すとくいん)

奈良美也子(1907-2000)
いにしへの 奈良の都の 八重桜 けふ九重に にほひぬるかな
伊勢大輔(いせのたいふ)

有馬稲子(1932- )
有馬山 猪名の笹原 風吹けば いでそよ人を 忘れやはする
大弐三位(だいにのさんみ)

崇徳院の歌「せをはやみ~」は有名な落語『崇徳院』にもなっていて,若旦那が一目ぼれした女性(この歌の上の句を書き残す)を熊さんがこの歌を叫びながら必死に探し回るというお話でした。

落語といえば,『千早ふる』というのもあって,
ちはやふる 神代もきかず 竜田川 からくれないに 水くくるとは
在原業平朝臣(ありわらのなりひらあそん)

これはこの歌の意味を聞かれ,相撲取りの竜田川が遊女の千早に振られ,豆腐屋になった竜田川が,落ちぶれた千早に仕返しをする,という知ったかぶりの隠居のホラ話です。

今回は宝塚歌劇が登場したので,この曲にしましょう。
「すみれの花咲く頃」作詞:F.Rotter(訳詩:白井鐵造)
作曲:F.Dölle(1930)

阪急電車・宝塚線の宝塚駅から梅田行の電車が発車するときにこのメロディーが流れます。同じ宝塚駅から西宮に向かう電車(今津線)は「鉄腕アトム」の主題歌が流れます。

ここまでは優雅な和歌のはなしで,これからは深刻な話です。

中国の高官の間で「三代目のブタ」と蔑称で呼ばれているのは,言わずと知れた,北朝鮮の金正恩(キム・ジョンウン)第一書記のことです。中国では,検索禁止ワードになっているそうですが,人の口に戸は立てられません。

お隣の国どころか,ごく身近で「三代目のムチ」と呼ばれている宰相をご存知ですか?「ムチ」は「無知」と「無恥」の両方をかけています。

安倍晋三首相の直系の祖父は父・安倍晋太郎の親である安倍寛(1894-1946)ですが,彼は太平洋戦争中の1942年(昭和17年)の翼賛選挙に,東条英機らの軍閥主義を鋭く批判,無所属・非推薦で出馬するという不利な立場でしたが,最下位ながらも当選を果たしました。議員在職中は東條内閣の退陣要求,戦争反対,戦争終結などを,それこそ命がけで主張しました。
大政党の金権腐敗を糾弾するなど,清廉潔白な人格者として知られ,地元の山口では「大津聖人」,「今松陰(昭和の吉田松陰)」などと呼ばれ人気が高かったといいます。

安倍晋三は,なぜそんな高潔な祖父・安倍寛ではなくて,正反対な外祖父(母方の祖父)のA級戦犯であり,昭和の妖怪とまで称された岸信介(1896-1987)を敬慕するのか,まったく不思議な話です。

そのことは,『週刊ポスト』(小学館)5/22号(野上忠興の記事)に詳しいです。

優秀な父・晋太郎への学歴コンプレックスによる反発から,反骨の政治家だった祖父・寛の存在を拒否し,自分の意識から消し去ってしまったというわけです。晋三は決してコンプレックスを乗り越えたわけではなく,外祖父・岸信介というもっと大きな権威にすがることで,自分のプライドを癒し,肥大化させてきたのです。

そして今,その権威と自己同一化をはかり,「おじいちゃんの悲願達成」という個人的な思い入れのために,集団的自衛権を容認し,安保法制関連法案を閣議決定し,そして憲法改正へと突き進んでいるのです。

もし,反骨の祖父・寛が長命で,岸以上に晋三に影響を与えていたら,まったく違った結果になっていたかもしれない,とあり得ないことを思うのです。

そういえば,源実朝も鎌倉幕府の三代目将軍ですが,実権は母方の北条一族に握られていて,実朝の心は好きな文学の道へ向かうしかなかったのかもしれません。

以前にも紹介した古川柳,

売り家と唐様で書く三代目

現代では世襲は排除されるべきです。特に政治の世界では。

そろそろ梅雨の季節が始まります。
天気予報には注意して,前の予想は変わりますから,できるだけ直前の予報に気を付けて,気候変動に合うように自ら衣服を調整して,健やかにお過ごしください。