健康寿命

日本はいまや世界最高の長生きの国になっています。
しかし,平均寿命より健康寿命,とは最近よく聞く言葉です。

健康寿命とは「日常的・継続的な医療・介護に依存しないで,自分の心身で生命維持し,自立した生活ができる生存期間」のことです。
WHO(World Health Organization,世界保健機関)が2000年にこの概念を提唱しました。

現在の日本のデータは

平均寿命  男 81.09歳  女 87.26
健康寿命    72.14     74.79
・  差       8.95     12.47

健康寿命と平均寿命の差は,男で9年,女で12年半もあります。すなわち,それだけの期間,世の中の医療や介護のお世話にならなくてなならないということで,この差はできるだけ縮めたいものです。それが,健康で長生き,という理想でしょう。

最近(2018.10.13),NHKで健康寿命に関する興味深い番組を放送していました。

日本全国の65歳以上,のべ41万人の生活習慣や行動に関するアンケートを,10年以上にわたって追跡調査を行った膨大なデータをもとに,AI(Artificial Intelligence,人工知能)に分析させました。

それによると,「健康には運動より食事より読書」という画期的な分析結果がでました。

たとえば,山梨県は健康寿命が長く,男性は全国1位,女性は3位。ところが運動やスポーツの実施率では,なんと全国最下位。にもかかわらずなぜ健康寿命が長いのでしょうか?
じつは人口に対する図書館の数がダントツの全国1位なのです。

山梨県では学校司書制度が昭和20年代から広がり,公立小学校での学校司書の配置率が98.3%と,高い普及率を誇ります。そんな環境で育った県民全体に読書の習慣が根付いたのではないか,と分析しています。

2017年に,「初等教育をしっかり受けると認知症を減らす効果がありそうだ」という論文が国際的な医学雑誌で発表されました。(Livingston, G. et al.(2017) “Dementia prevention, intervention, and care.”)

また,アメリカ・イェール大学が発表した「読書と寿命」に関する論文によると,50歳以上の約3600人を「本を読む人」と「まったく読まない人」のグループに分け12年に渡って追跡調査したところ,「本を読む人」の方が2年近く寿命が長かったというのです。しかも,性別・健康状態・財産・学歴には関係なく,本を読むことが長寿につながっていたと結論づけています。

さらに,医学や高齢者福祉などのエキスパートが集まるJAGES(日本老年学的評価研究機構)が現在調査中の研究では,「図書館が近くにある人は要介護リスクが低い」というデータもあるとしています。

千葉大学教授の近藤克則さんは,「“心が動くと体が動く”という言葉があるが,何かやってみたいことを見つけると,旅行に行こうとか,行動を起こそうとなる。読書は心を動かし,行動を起こすきっかけを与えてくれるのでは」と言います。

AIの分析では,「本や雑誌を読む人」は多くの健康要素とつながっている一方,「読まない人」は不健康要素(「人生に嫌気がさすことがある」「社会に関心がなくなってきた」など)と数多くつながっていることが判明。はっきりと差が出ました。

東京大学の坂田一郎さんは,「病院を建てたり,医療を充実させることに比べ,学校司書を増やしたり図書館を充実させる方が,コストがかからない」利点があると指摘しています。

以前見たテレビで,脳の断層写真を見ると,広範囲に委縮がみられる,いわゆるアルツハイマー病の重度の状態にあるはずの男性が,認知症テストをすると,まったく問題なしという結果で,会話をしてもまったく普通以上にに応対できていました。その人は,毎日,新聞を隅から隅まで読み,生き生きと外交的に過ごしておられました。恐らく,委縮した部分の働きを,まだ正常な部分の能細胞で,補完しているのではないか,という結論だったように記憶します。

そうすると,認知症も恐くないですよね。新聞・雑誌・本などをしっかり読書して,読みっぱなしにせずに,その話題でほかの人たちと会話すればいいだけのことですから,いたって簡単なことです。

今回の歌はアイルランド民謡『ダニー・ボーイ(Danny Boy)』にしましょう。『ロンドンデリーの歌(Londonnderry Air)』として知られている曲にイングランドの法律家のフレデリック・ウェザリー(Frederic Weatherley)が1913年に歌詞をつけました。ロジェ―・ワーグナー合唱団(米)の演奏です。

 

 

Oh Danny boy, the pipes, the pipes are calling
From glen to glen and down the mountainside
The summer’s gone and all the roses falling
‘Tis you, ‘tis you must go and I must bide.

ああ私のダニーよ バグパイプの音が呼んでいるよ
谷から谷へ 山の斜面を駆け下りるように
夏は過ぎ去り バラもみんな枯れ落ちる中
あなたは あなたは行ってしまう

But come ye back when summer’s in the meadow
Or when the valley’s hushed and white with snow
‘Tis I’ll be here in sunshine or in shadow
Oh Danny boy, Oh Danny boy, I love you so.

戻ってきて 夏の草原の中
谷が雪で静かに白く染まるときでもいい
日の光の中,日陰の中,私は居ます
ああ私のダニーよ,あなたを心から愛しています

But if ye come and all the flowers are dying
If I am dead, as dead I well may be,
You’ll come and find the place where I am lying
And kneel and say an Ave there for me.

すべての花が枯れ落ちる中,あなたが帰ってきて
もし私が既に亡くなっていても
あなたは私が眠る場所を探して
ひざまづき,お別れの言葉をかけるのです

And I shall hear, though soft, your tread above me
And all my grave shall warmer, sweeter be
For you will bend and tell me that you love me
And I shall sleep in peace until you come to me.

私の上を静かにそっと歩いても私には聞こえる
あなたが愛してるといってくれたとき
私は暖かく心地よい空気に包まれるでしょう
私は安らかに眠り続けます
あなたが私の元に来るその時まで

この歌はアイルランド本国よりも,移民でアメリカなどの外地に出た人たちの間で広まりました。故郷を思う心が,この母の思いと重なったのでしょう。

「健康には運動より食事より読書」といっても,やっぱり適度な運動と,バランスのとれた食事は,健康には欠かせません。

食事をするときに,いきなりガツガツ食べ始めないで,その料理を見つめて,少し考えてみる,「この食事はいま必要なのか」と。そうするだけで,不必要な食物摂取は控えられるそうです。

頭で食べる,と言う言葉もありますね。ちょっと考えるだけで大きく違ってきます。やっぱり人間は脳を中心に生きているのです。

これから寒さの冬に向かいますが,準備は十分ですか?
インフルエンザの予防接種は済みましたか?
抗体ができるまで一ヵ月ほどかかるので,11月中には終わっておきたいですね。
季節と気候にあった生活をするのが重要です。今から過剰に厚着をする必要はありません。少しは我慢することで鍛えられることもあります。気温変化を見て,自分に合った生活をしましょう。

競うこと

「人生は競争だ」という台詞(せりふ)はよく聞きますね。そうではない,と否定する人もいますが,競争にさらされているのは事実です。
競うことで成長するということも確かにあるでしょう。

そのせいか,テレビでも,競い合いを見せる番組が大流行です。
プレバト!!」(これはプレッシャー・バトルの略?,精神的な圧迫の中で競争させる,意か),いろいろの競争対象がある中,「俳句の才能査定ランキング」というのが面白いんです。選者というか批評家というか,夏井いつき(1957-)という先生が,名前を伏せた人たちの作った俳句を査定してランキングするんですが,その辛口というか,毒舌というか,辛辣というか,なにしろその表現が半端ないんです。よくぞあれだけボロクソに言えるな,というくらい上手にケナスんです。まあ,それが売り物で,番組も好調で,著作本も売れ,「俳句の普及に貢献した」ということで表彰もされているそうです。

THEカラオケ☆バトル」というカラオケマシンで歌唱を採点する番組も人気です。この機械は第一興商(DAM)の製品ですが,音程正確率・表現力・リズムなど多項目で評価しているようです。
このマシンのだす評価がけっこう的確で,私個人の思う評価と近いので,採点結果に納得してしまうのです。 

人間が評価するとき,客観は無理で,主観的にならざるを得ません。つまり好き嫌いが必ず結果に反映されるということです。
コンクールなどで,審査員達の評価が併記されていたりしますが,個々で評価が全く違ったりしています。これでは採点される方はたまったものではありません。参加者の皆さんは納得されているんでしょうかね。
これがコンクールに対する基本的な不信感です。芸術に簡単に優劣がつけられるのか,という本質的な疑問です。

同じような番組ですが「関ジャニの仕分け∞」の中で,ピアノ演奏を競うものがあります。これは,ミスタッチの数を数えて少ない方が勝ち,という単純なものです。
しかし,これは明らかに邪道です。

もちろん,ミスタッチはないに越したことはありませんが,実際のピアノ演奏会では,奏者のミスタッチは必ずといっていいほど発生しますが,それだけで演奏の出来を評価できません。少々のミスがあっても,感動を与える良い演奏というものはあるわけで,それが生の魅力でもあるのです。
ミスのない演奏を聴きたいなら,CDを聴けばよいのです。

さらに,「芸能人格付けチェック」という,番組名からして変なのもあります。味覚・視覚・聴覚などの判断を求めるもので,結果によって,一流・二流・三流などと勝手に格付けされるというおかしな内容です。
面白くもない似たような番組が並ぶ正月に,よく放映されていて,しかたなく見ていましたが,この秋に,音楽に特化してやっていました。

楽器演奏をして,楽器の値段が高い方を当てる,というものがあり,市場価格18億円のストラディバリウスと20万円のバイオリンでは,さすがに音色に差がでました。

しかし,プロフェッショナルとアマチュアとの演奏比べには,大いに疑問が残りました。
ニューヨークの名門音楽大学などで学び,数々の賞を受賞している世界的なソプラノ歌手と称する人と,アマチュアの歌手がオペラのアリアを歌い比べました。
すると,全員(6人でしたか)がこれこそプロと判断した人が,実はアマチュア歌手の方だったのです。私も聴いていて,プロという人は,あきらかに音程がぶら下がり(その音に達してない,低い)聴きづらかったのです。
アマの人の方が上手いと全員が判断したので,その結果は正しいのです。
司会者は,みなさん全員,耳鼻科に行ってください,と笑ってごまかしましたが,これは明らかに制作側のミスです。その程度の歌手を,肩書だけで連れてきたのが失敗でした。

スポーツの世界で,時間や距離で結果を判定する競技には,誰もが納得して,勝者を称賛します。
しかし,技術点と芸術点で審判員が採点する競技は,いつも疑問が残ります。

フィギュアスケート,体操,シンクロナイズドスイミングなど,いやこれは最近アーティスティックスイミングと名称を変えました。これは芸術的な面を強調することで,余計に判定評価を難しくしたのではありませんかね。

フィギュアスケートの伊藤みどり(1969-)は1992年のアルベールビルオリンピックで,トリプルアクセル(3回軒半)を世界で初めて飛びましたが,銀メダルに終わりました。身長が145cmしかなく,脚もO脚ぎみという,典型的な昔ながらの日本人体型で,技術点が高くても芸術点が低いという,損な対応を受けました。

また,空手組手という種目があり,では審判が採点します。見ていると選手の気合に圧倒されますが,空手という実践的な武道が,点数化して評価することには違和感があります。

かつて,嘉納治五郎(1860-1938)が明治期に柔道を創設し,それまでの柔術が型を重視していたのを,実践的な乱捕りで練習することで競技力を高め,柔術を駆逐した経緯があります。

たとえば,美人コンテスト(beauty contest)などは,生まれつきの容姿だけで判定されるきらいがあるので,批判の対象となっていましたが,今は逆に,表面的な美醜をことさら言いたてる情けない世の中になってきているようです。

今回の歌は『七つの子』にしましょう。

七つの子
・野口雨情・作詞 本居長世・作曲(1912)「金の船」

烏 なぜ啼くの 烏は山に
可愛い七つの 子があるからよ

可愛可愛と 烏は啼くの
可愛可愛と 啼くんだよ

山の古巣に いって見てご覧
丸い目をした いい子だよ

野口雨情(1882-1945)茨城出身,詩人,童謡・民謡作詞家,北原白秋・西条八十とともに三大詩人と言われ,代表作は十五夜お月さん,赤い靴,青い目の人形,シャボン玉,雨降りお月さん,波浮の港,船頭小唄など。

本居長世(1885-1945)東京出身,国学者・本居宣長の6代目,東京音楽学校卒,同期に山田耕筰がいる,代表作は青い目の人形,赤い靴,十五夜お月さん,めえめえ児山羊,汽車ぽっぽなど。

これからは秋本番。ということは冬に向かう寒い日と,「小春日和(こはるびより)」といわれるような暖かい日があったりしますから,気象予報には注意して,風邪など引かないように,元気にお過ごしください。

おおさか弁

NHKの連続テレビ小説(朝ドラ)はこの10月からは大阪編で,『まんぷく』が始まります。

いわずとしれた日清食品の創業者・安藤百福(ももふく,1910-2007)がモデルです。「ラーメンは健康食」というが安藤の口癖で,「毎日ラーメンを食べているから健康長寿を保っている」と言い,96年の生涯でした。もとは台湾人(呉百福)ですが,1966年に日本国籍を取得しています。
1958年,池田市の自宅敷地内で,妻・仁子(まさこ)とともに,1年あまり失敗を繰返し苦労を重ねて,ついにインスタントラーメン(即席めん)「チキンラーメン」を開発しました。
今もその地に「発明記念館」が建っていて,来場者が自らチキンラーメンを製作して,それを食べることができるようになっています。

チキンラーメンの初体験については,明瞭な記憶があります。恐らく発売して直ぐのころだと思いますが,母が買って来たのを,今のように「丼に入れて湯を注いで3分間待つ」のではなくて,鍋で沸かした湯に乾燥した麺を投入し,ほぐしてもらったおかげで,麺が縮れなく上手に戻って,非常においしく感じ,追加をお願いした経験がありました。
しかし,いま食べてもそれほどおいしいとは思いません。なぜでしょうかね。

朝ドラですが,主人公は3女の今井福子安藤サクラ),長姉は内田有紀)ですが,内田はいま同時期に大河ドラマ『西郷どん』で大久保一蔵の愛人・芸妓「ゆう」役で出ています。大阪ことば(大阪弁)と京ことば(京都弁と言ってはなりません)を同時期に使い分けるのは,至難の業でしょうね。

愛人といえば,貧しさのため薩摩から売られてきた「ふき」(高梨臨)が「およし」と名のり,一橋(徳川)慶喜の側室になりました。
じつはこの「」は実在の人です。薩摩出身ではありませんが慶喜の妾でした。新門辰五郎(1800?-1875)の娘です。辰五郎は江戸の町火消し「を組」の頭で侠客でもあり,慶喜が上洛すると,彼から呼ばれ,子分を連れて二条城の警備にあたり,大政奉還後は,慶喜が謹慎する上野寛永寺の警護,慶喜が水戸・駿府と移り謹慎すると,それぞれ警護を務め,清水次郎長とも知縁があったと伝えられています。

ここで幕末・維新に有名な愛人系の女性を並べてみましょうか。

まず芸妓「幾松」(1843-86)が有名ですね。桂小五郎の恋人です。維新後に桂と結婚,木戸松子となりました。

つぎに「唐人お吉」(1841-90)。初代アメリカ総領事ハリスが体調を崩し,看護婦の派遣を要請したが,日本には看護婦はおらず,なぜか妾と混同して,芸者のお吉に白羽の矢があたり,3ヵ月後にハリスは回復してお吉は返されたが,外人に身を許した女ということで,世間の対応は冷たく,結局,耐え切れず自殺しました。

そして芸妓「うの」(1843-1909)。下関で芸者をしているとき,高杉晋作に出会い妾となり,高杉が長州から逃避行する際,ずっと同行し,高杉の死後は,高杉の名を汚すことのないように,半ば強制的に出家させられ,梅処尼と称し,生涯,高杉の菩提を弔いました。

話はかわりますが,いまテニスの大坂なおみの話題で沸騰しています。
全米オープンで優勝したあくる朝,大新聞の第1面に「100年の夢 大坂V」の大きな見出しがでました。
1916(大正5)年, 熊谷一弥・三神八四郎が全米オープンの前身である全米選手権に出場してから102年後の快挙です。

優勝後,各局からのインタビューに引きまわされ,同じような質問を繰り返され,それでもつたない日本語で本音で答えている姿がけなげでした。これを「大坂弁」と称します。
つまり,どこかの首相のように「謙虚丁寧な取組みを行って参りたい」などと,現実とはかい離した中身のない紋切り型の慇懃無礼な答弁で,論語にある「巧言令色少なし仁」の見本のような態度とは対極にある,正直な受け答えなので,なおみ大坂弁にみんながはまるのです。

サッカーの「大迫半端ない」という有名なシーンがありましたが,そのパロディがあるのを,ご存知ですか?
外国人の女性が泣きながら「大坂半端ない」と言うんです。もちろん日本語しかもベタベタの大阪弁の吹替えですが,場面は同じように進行し,最後に監督が笑いながら「大坂を応援しよう」で終わる,日清食品のCMです。大坂は錦織同様に日清食品の所属ですからね。

日本の秋は「十五夜」にお月見を楽しむことことでした。旧暦の秋(7・8・9月)の最中(もなか)に当るから中秋といいます。また月に芋を供えるので芋名月とも呼ばれます。旧暦8月15日が中秋の名月,今年は9月24日になります。
十五夜の後,だんだん月の出が遅くなるので,月の出を待って呼び名が変って行きます。

16日 十六夜(いざよい)ためらうように出てくる意
17日 立待月(たちまちづき)
18日 居待月(いまちづき)
19日 寝待月,臥待月(ふしまちづき)
20日 更待月(ふけまちづき)

今回の歌は「十五夜お月さん
野口雨情・作詞 本居長世・作曲 『金の船』(1920)

十五夜お月さん
ご機嫌さん
婆やは お暇 とりました

十五夜お月さん
妹は
田舎へ 貰られて ゆきました

十五夜お月さん
母 (かか) さんに
も一度 わたしは 逢いたいな

今年は猛暑の影響で,台風がひっきりなしに日本列島を直撃して,被害も相当です。
久しぶりに停電の経験をしました。現代社会では,電気がないと何もできないことに改めて気づきました。
天災は忘れた頃にやってくる」は寺田寅彦(1878-1935)の言葉と言われていますが,いまは「忘れぬうちにやってくる」状態です。
備えあれば憂いなし」ですので,「自分は大丈夫」的な根拠のない思い込みは止めて,出来る範囲の準備をしましょう。

話せる英語

いまや話せる英語,使える英語への要求が半端ないですね。学校教育でも英会話に力を入れていて,基礎となる文法は大丈夫?とつい思ってしまいます。

話せる英語の極端は,車夫英語でしょうか。
明治の文明開化の世になって,いきなり外国人に接する機会が増え,人力車の車夫たちはお客の英語を耳で聞いて,そのまま発音しました。

たとえば,

魬(ハマチ)       How much?   いくら?
赤飯(セキハン)     Shake hand.   握手して
知らんぷり(シランプリ) Sit down, please. 座って下さい
掘った芋(ホッタイモ)  What time?   何時?
揚げ豆腐(アゲトウフ)  I’ll get off.    降ります 
お仕舞いか(オシマイカ) Wash may car.  車を洗って

これが意外に通じるのです。
本を読んで綴り字から学んだのが書生,これを書生英語といってあまり通じなかったのです。

たとえば,
人名で ”Hepburn” では,「ヘボン」といえばヘボン式ローマ字,「ヘップバーン」と発音すると女優のオードリ-・ヘップバーンを指し,前者を車夫英語,後者を書生英語と言ってもいいと思いますが,もちろん,前者の方が通じます。

幕末から明治維新にかけて活躍したジョン万次郎中浜万次郎,1827-98)は,土佐の漁師で,14歳のとき,出漁中に難破して漂流,米国の捕鯨船に助けられ,本土に渡り,船長ホイットフィールドの養子となり,米国で学び,10年後に帰国,薩摩藩や土佐藩,さらに幕府に仕え,のち開成学校(現東京大学)教授となりました。
口語の通訳としては有能でしたが,日本語の学習経験がなかったため,英語の文章を日本語(文語)に訳すのは不得意だったそうです。

万次郎の編纂した英語辞書の発音にも,

こーる   cool
わら    water
さんれぃ  Sunday
にゅうよぅ  New York

などがあるのですが,不思議なことにこれがまたチャンと通じるのです。

さらに,グッとくだけて,深夜番組『タモリ倶楽部』(テレビ朝日系)で,タモリの「誰が言ったか知らないが、言われてみれば確かに聞こえる〈空耳アワー〉のお時間がやってまいりました。」で始まる,まことにふざけたコーナーがあります。
2018.5.12(00:20-00:50)放送,レイ・チャールズの「愛さずにはいられない(I can’t stop loving you)」を流して,映像は
バスタオルをまとって,お風呂から出てきた女性,そのバスタオルをとって,Tシャツを着ると,スマホに非通知の着信が,「拝見したわ,美乳」,ハイケンシタワビニュウ(アイキャンストップラビングユー),だと!
こじつけにも程がある,というものです。

今回の歌は,そのレイ・チャールズに敬意を表して,「わが心のジョージア(Georgia On My Mind)1960」にしましょうか。

Georgia, Georgia
The whole day through
Just an old sweet song
Keeps Georgia on my mind
I’m say Georgia, Georgia
A song of you
Comes as sweet and clear
As moonlight through the pines
Other arms reach out to me
Other eyes smile tenderly
Still in peaceful dreams I see
The road leads back to you
I said Georgia
Oh Georgia, no peace I find
Just an old sweet song
Keeps Georgia on my mind
Other arms reach out to me
Other eyes smile tenderly
Still in
 
レイ・チャールズ(Ray Charles Robinson,1930-2004)は,アメリカ・ジョージア州出身の盲目の黒人歌手・ピアニスト,バック・コーラスを背にピアノを弾きながら熱唱するのがスタイルでした。
20年近く麻薬を常用していましたが,1965年に更生施設に入所し,ヘロインを断つことに成功しました。
1979年にその「わが心のジョージア」が洲歌に定められました。2004年に伝記映画「レイ(Ray)」が公開されましたが,それを見ることなく,その年に肝臓癌で死去しました。
 
長い猛暑の夏もようやく終わりを告げ,
 
 秋来ぬと目にはさやかに見えねども風の音にぞ驚かれぬる
                  藤原敏行(古今和歌集)
 
というような季節になってきました。
こういうとき,夏の疲れが出やすいものです。しっかり食事して,しっかり休養をとって,夏バテした体力を回復させるときでもあります。
気温の急変には気をつけて,元気にお過ごしください。
 

新聞を読んで

新聞の発行部数が激減しているそうです。PCやスマホで無料かつ素早く見られるということで,やむをえない面もあります。
以前は,朝刊に目を通しながら朝食を食べる,夕刊に目を通しながら夕食を食べる,というのが一般的な家庭の光景のように思っていました。
通勤電車で新聞を広げている光景も見なくなりましたね。ほとんどスマホをですね。しかし彼らはニュースを見ているのではなさそうです。ゲームでしょうか,LINEのチェックでしょうか。

新聞を定期購読しないような家庭では,TVやスマホのニュースもあまり見てないようです。そのような人たちはどうやって社会の動きをとらえているのでしょうか。そういうことにまったく関心なく過ごしていては恐ろしいことになりかねません。

ここで,一つの新聞記事を紹介します。毎日新聞2018年7月10日夕刊の小国綾子あした元気になあれ』というコラムの「星野君の二塁打」という記事です。

 小学6年の「道徳」の教科書に載っている教材「星野君の二塁打」が議論を呼んでいる。野球チームで監督から犠打を命じられた星野君,それに背いて二塁打を放つ。その結果,チームは勝利するが,星野君は監督から「チームの約束を破り,輪を乱した」ことを理由に,次の大会で出場停止を言い渡されてしまう,という話。
 でも,星野君のしたことは本当に悪いこと? ふと,約10年前に米国で体験した少年野球を思い出した。現地のチームで野球をしていた息子が,毎打席のようにバントサインを出されたことがある。「自分の打撃がダメだから」と落ち込む息子を見かねて,家族で監督に理由を聞きに行った。ところが,監督は「えーっ! 君はバントが好きと勘違いしてたよ。だって,バントサインに『ノー!』と言わなかったじゃないか」。
 日本では監督の指示に黙々と従うのが美徳なんです,と説明したら,監督は息子にこう諭したのだった。「この国では,打ちたいなら打ちたいと意思表示しなきゃ。言わなきゃ何も伝わらないよ」
   ―― 後略 ――

この記事を読んで,こんなことが道徳の教材になっているのか,と驚きました。これで何を教えたいんですか。これを題材にしてディベートで議論させるなら,それはそれなりに教育効果はあるでしょう。しかし出場停止にするなんて,明らかにパワハラです。昨今の日大アメフトのやり方と何の変わりもありません。

これで思い出したのが,1992年の甲子園の夏の高校野球で,星稜高校(石川)の松井秀喜が,明徳義塾(高知)から5打席連続の敬遠を受けた事件です。なんと無走者の状態でも敬遠しました。前夜,明徳の馬淵監督は,故意に四球を与えているように思われないように,捕手は座ったまま,投手はストライクが入らないと首をかしげる,外野はフェンス際までさがる,など「演技」することさえ指示しました。
勝つためには何でもする,というのはフェアプレー(よく選手宣誓で言います)の精神から逸脱しているのではありませんか。
なにより,やっている選手たちが面白くなかった,と思います。
投手は強打者と勝負したかったのに違いありません。打たれても負けても良い思い出になったことでしょう。

今年は100回の記念大会とかで盛り上がっています。いや盛り上げ過ぎています。真夏の異常な暑さの中で,一堂に会して連日野球をすることに,なにより健康管理の面で,問題があるとは思いませんか。

もう一つの記事があります。
毎日新聞2018年7月13日夕刊の近藤勝重昨今 ことば事情』というコラムの「非常時/国防」です。

 非常時という言葉に人は何を連想するか。国家の重大な危機と,戦争が迫っていることを語釈としている辞書が一般的だ。
 それでは国防という言葉はどうだろうと引いてみたが,外敵から国を守るともっぱら戦争を想定した解釈が多い。
 しかし寺田寅彦は1934(昭和9)年,雑誌で「天災と国防」と題して災害も国を脅かす天然の敵とみて,国防の必要性を訴えた。かつ戦争は避けられるが,天災は「その襲来を中止するわけにはいかない」と書いている。
   ―― 中略 ――
 寅彦は文明の進歩で「日本全体が一つの高等な有機体」になるので,「その影響はたちまち全体に波及する」とも訴え,「文明が進めば進むほど天然の暴威による被害がその激烈の度を増す」と警告している。
   ―― 中略 ――
 増大する一方の防衛費のどのくらいを割けば,堤防の決壊といった事態を防ぎ得るのか。異常気象にも対応した議論がもっとなされなければならないのではないか。

今まさに寺田寅彦の警告が的中しています。地震・大雨の天災によって右往左往しています。起こる前の対策,起ってからの迅速な対応,毎年のように起こっているのに,そのたびに,不手際が目立ちます。本当の意味での国防意識に欠けています。政治家も,この非常時に宴会をしている場合ではない,もっと真剣に取組まねばなりません。

今回は,真夏に真冬の音楽です。
ヨハン・シュトラウスⅡのオペレッタ『こうもり』です。
ウィーン国立歌劇場では,年末に『こうもり』を,年始に『ニューイヤー・コンサート』を,ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団を各70人前後の二手に分けて上演するのが恒例です。

『こうもり』のあらすじは,役人を殴った罪で,刑務所に入ることになったアイゼンシュタインは明朝6時に収監されるのに,その前夜,仮面舞踏会に出かけるのです。そこで,ハンガリーの伯爵夫人に変装した妻ロザリンデに会い,口説きだすのです。
本当にハンガリー人?,と疑われるので,民族舞踏「チャルダッシュ」を歌うのです。

この曲には個人的な思い出があります。
今から6年前の夏,指揮法の勉強会で,ある新人のソプラノ歌手が,私の稚拙な指揮に付き合って歌ってくれたのです。
その後,どうされているのか,と気にかけていましたが,奨学金を受けてドイツに留学していて,スカラシップのコンサートが,来週,京都で開催されることを新聞で知って,聴きに行くことにしているのです。どんな様子なのか,今から楽しみです。

今夏は,まさしく異常な暑さです。大雨もあったし,逆進行の台風もあったり,異常気象を認めない訳にはいきません。
報道でも,熱中症予防を呼びかけていて,室内では躊躇なくエアコンを使うように,強く勧めています。
私も昨年までは,寝る前にエアコンを数時間つけて,寝るときに止めていましたが,今年はさすがに付けています。ただし,除湿モードで,起床時間の1時間前にタイマーで切れるようにしています。

秋が待ち遠しいですが,ご心配なく,もう数週間後には,間違いなく秋が訪れますから。それまで,給水を怠らず,無事に乗り切りましょう。

私たちはどう生きるか

私たちはどう生きるか」ということは幾つになっても,とても大事な人生の課題です。

子供に読ませたい本として長きに渡って評価され続けているのが,吉野源三郎君たちはどう生きるか』岩波文庫(1937)です。

この1937年(昭和12年)という時代は

1931  満州事変
1937  盧溝橋事変
1939  第二次世界大戦勃発
1941  太平洋戦争勃発

日本の軍部がいよいよアジア大陸に進攻を開始して,国内では軍国主義が日ごとにその勢力を強め,ヨーロッパではムッソリーニ(伊,1883-45)やヒトラー(独,1889-45)が政権をとって,ファシズムが諸国民の脅威となり,第二次世界大戦の危険は暗雲のように全世界を覆っている頃でした。

1935年10月に山本有三心に太陽をもて』が新潮社から出ました。これは山本の編纂による『日本少国民文庫』全16巻の第12巻で第1回の配本でした。だいたい毎月1巻ずつ出して,1937年7月に完結し,それが吉野『君たちはどう生きるか』第5巻で,最後の配本でした。

日本少国民文庫』の刊行は,このような時勢を考えて計画されたものでした。
当時,軍国主義の勃興とともに,すでに言論や出版の自由は著しく制限され,労働運動や社会主義運動は,凶暴といっていいほどの激しい弾圧を受けていました。
その中で,山本・吉野らは少年少女に訴える余地はまだ残っているし,せめてこの人々だけは,時勢の悪い影響から守りたい,今日の少年少女こそ次の時代を背負うべき大切な人たちであり,この人々には,偏狭な国粋主義や反動的な思想を越えた,自由で豊かな文化のあることを,人類の進歩についての信念をいまのうちに養っておかねばならない,と考えて,少国民(年少の国民の意,少年少女のこと)のための双書の刊行を思いたちました。

吉野源三郎(1899-1981)東京生れ,東京帝国大学文学部哲学科卒,編集者・児童文学者・評論家・反戦運動家・ジャーナリスト

山本有三(1887-1974)栃木県生まれ,呉服商の跡取り息子として育ち,東京帝国大学文化大学独文学科選科卒,小説家・劇作家・政治家,代表作「女の一生(32)」・「真実一路(35)」・「路傍の石(37)」,日本芸術院会員,文化勲章受章(65)

『君たちはどう生きるか』の内容は,主人公はコペル君というあだ名の中学二年生です。本名は本田潤一で小柄で成績は優秀ですがいたずら好きの少年で,その友人は「ガッチン」というあだ名の頑固で毅然とした北見君,お金持ちで有力者の息子の水谷君,後に友達になる豆腐屋の浦川君,そして二年前に亡くなった父親代わりで近所に住む叔父さん(お母さんの弟)が登場します。
コペル君のいうあだ名は地動説を唱えたコペルニクスからとって叔父さんが名付けました。
コペル君がいろいろと体験する中で,悩み考えたことを,若い叔父さんが「おじさんのノート」として,極めて的確な助言をするのです。この叔父さんは大学を出て,まだ2,3年という設定ですが,これほど見事なアドバイスができるなんて,普通の人なら,自分にはこれほどのふるまいはとてもできないと,劣等感を持ってしまいます。

私は子供のころにはこの本に出合わず,十分な大人になってから本屋で見つけ,読んでみて感銘を受け,子供が出来たらぜひ読ませたいと思っていたのですが,最近,読み直そうと本棚を探しても見つからず,また買い直すことにし,当時,岩波新書の棚で見つけた記憶があったのですが,思い違いか,岩波文庫にありました。

一.へんな体験(ものの見方について)
二.勇ましき友(真実の経験について)
三.ニュートンの林檎と粉ミルク(人間の結びつきについて)
四.貧しき友(人間であるからには)
五.ナポレオンと四人の少年(偉大な人間とはどんな人か)
六.雪の日の出来事
七.石段の思い出(人間の悩みと,過ちと,偉大さについて)
八.凱旋
九.水仙の芽とガンダーラの仏像
十.春の朝

以上のように全10章からなります。ちなみに,( )内は「おじさんのノート」の題です。

いまはマンガにもなっているようで,羽賀翔一『漫画 君たちはどう生きるか』(マガジンハウス)。
しかし,平易な文章で読みやいので,ぜひ普通の本で読んでみてください。

今回は,梅雨時ということで,この歌にしましょう。

城ヶ島の雨北原白秋・作詞 梁田貞・作曲(1913)

雨はふるふる 城ヶ島の磯 (いそ) に
利休鼠 (りきゅうねずみ) の 雨がふる

雨は真珠か 夜明けの霧か
それともわたしの 忍び泣き

舟はゆくゆく 通り矢のはなを
濡 (ぬ) れて帆上げた ぬしの舟

ええ 舟は櫓 (ろ) でやる 櫓は唄でやる
唄は船頭さんの 心意気

雨はふるふる 日はうす曇る
舟はゆくゆく 帆がかすむ

北原白秋(1885-1942)熊本生れ福岡育ち,詩人・歌人,早稲田大学英文科卒,『赤い鳥』に童謡を発表,山田耕筰・中山晋平・小松耕輔などに作曲,三木露風と並び「白露時代」と言われる,代表作:「からたちの花」「ゆりかごのうた」「砂山」「この道」「ペチカ」など。

梁田貞(やなだ ただし,1885-1959)北海道出身,教育者・作曲家,東京音楽学校本科声楽科ピアノ専攻科卒,代表作:「どんぐりころころ」「城ヶ島の雨」など。

今年の梅雨は気温が上がらない,と思っていたら,本日6月18日午前7:58ころ,大阪府北部で,震度6弱の地震が発生しました。当家では,棚から物が落ちる程度で実害がなかったのですが,大揺れで驚きました。
南海トラフ地震の一環ではないと気象庁から発表されましたが,数日は余震に対する注意が必要です。
1995年1月17日5:46に発生した阪神・淡路大震災から23年5ヶ月,天災は忘れたころにやってきました。

みなさんも,備えあれば患えなし,なので,くれぐれも気をつけてお過ごしください。

 

ささやかな気配り

世の中には,大したことではないけれど,ちょっとした気配りをすることで,みんなが快く過ごせることって,ありますよね。

前にも述べた私の通っているスポーツジムで,男子トイレに大便器1つしかない(小便器がない)箇所があります。もともとそのフロアになかった所に,後付けしたので,十分な面積が取れなかったのでしょう。
(これだけで,いかに高級でない施設か分るでしょう)

そこが,常時といっていいほど,ほとんどいつも,床が汚れているのです。
家庭では,汚れるので座ってするように,と同居人からきびしく指導されているお宅も少なくないでしょう。

粗相をしたら,(犬ではないんだから),自分で掃除して出ればよいのに,気づかないのか,いつも汚れたままになっています。

掃除係の人も,トイレ掃除だけに構っていられませんから,ほっておくと,いつまでも不潔な状態のままになります。
ですので,私が入った時には必ず掃除することにしています。
ひとつには,そのままにしておくと,私の直後に入った人が,私がやったと思われても癪だからです。

2010年,兵庫県川西市出身の植村花菜(1983-)が『トイレの神様』という曲を作って

トイレには
それはそれはキレイな女神様がいるんやで
だから毎日キレイにしたら
女神様みたいにべっぴんさんになれるんやで

という歌詞が一世を風靡 (?) しました。
もちろん,毎日のように(週に6回はジムへ行くので),ほとんど入った回数分だけ,トイレ掃除をしている勘定ですが,いまのところまだその華々しい効果は出ていないようです。

また,
電車は一般的に横長の座席ですが,荷物を置いたり,余分な空間を空けたりして,詰めれば,もう一人二が掛けられるのに,と思うことがあります。
座り方にも,問題がありますよね。浅くかけて脚を前に伸ばしたり,脚を組んだりして,前に立っている人の邪魔になっているのが分らないのか,と思うことがよくあります。

日本の電車には,ほとんどシルバー・シート(優先座席)というものが設置されています。
しかし現状では,座るべき人が優先的に座っているとは,とても思われません。

これは人から聞いた話ですが,
優先座席に,茶髪の若い男性が,年配の人が乗って来たのに,譲らずに座っているのを見て,サラリーマン風の人が注意をして,若者は素直に従ったのですが,脚を引きずっていたといいます。

その若者が脚に障害を持っていたのか,怪我をしていたのかは分りませんが,外見からでは判断できないこともあるので,注意するのも難しいのです。

イスラム教の国に赴任していたことがありますが,そこではもちろん,優先座席などはありませんが,高齢(と思われる)者が乗ってくると,若者は黙って席を立ちます。
席を,これ見よがしに譲る,という感じではなく,出入口に老人風の姿が見えたとたんに,席を立ってどこかへ行きます。

40歳代の日本人男性が,電車で席を譲られて,そんなに自分は年寄りに見えるのか,とショックを受けていました。

しかしもともと,「初老」とは「40歳の異称」ですから,おかしいことではないのです。

今回はご当地ソングの特集です。

まずは,有名な民謡『秋田音頭』。

ヤートセー コラ 秋田音頭です 
ハイ キタカサッサ コイサッサ コイナー 
コラ いずれこれより御免こうむり 
音頭の無駄を言う アーソレソレ 
 お気に障りもあろうけれども サッサと出しかける 
ハイ キタカサッサ コイサッサ コイナー 

秋田名物 八森鰰々 (ハタハタ) 男鹿で男鹿ブリコ 
能代春慶 桧山納豆 大館曲わっぱ

ここで,曲わっぱ (まげわっぱ) とは,スギやヒノキなどの薄板を曲げて作られる円筒形の木製の箱のことで,本体とふたで一組にして,米びつや,弁当箱として使われることが多いです。

最古のラップで,リズミカルに,歌詞もいろいろ自由に作って歌いますが,最初の所だけは定番です。むかし,秋田美人に教わりました。

つぎは,県民なら誰もが知っているけれど,県外では余り知られていない長野県の歌です。

県歌『信濃の国』浅井冽 (きよし)・作詞 北村季晴・作曲

  一.信濃の国は十州に 境連ぬる国にして
    聳 (そび) ゆる山はいや高く 流るる川はいや通し
    松本・伊那・佐久・善光寺 四つの平は肥沃の地
    海こそなけれ物さわに 万 (よろ) ず足らわぬ事ぞなき

  二.四方 (よも)に聳ゆる山々は 御嶽・乗鞍・駒ヶ岳
    浅間は殊 (こと) に活火山 いずれも国の鎮めなり
    流れ淀まずゆく水は 北に犀川 (さいがわ) 千曲川
    南に木曽川・天竜川 これまた国の固めなり

  三.木曽の谷には真木茂り 諏訪の湖 (うみ) には魚多し
    民のかせぎも豊かにて 五穀の実らぬ里やある
    しかのみならず桑とりて 蚕飼いの業の打ちひらけ
    細きよすがも軽 (かろ) からぬ 国の命を繋ぐなり

ここで,信濃に境連ぬる十州とは,越後・越中・飛騨・美濃・三河・遠江・駿河・甲斐・武蔵・上野です。

ちなみに,大坂(摂河泉,摂津・河内・和泉)は,紀伊・大和・山城・丹波・播磨の五州ですから,ちょうど半分ですね。

頻繁にスキーに行っていたころ,この歌を知りました。長い歌(6番まであります)ですが,長野県人のお国自慢の歌ですね。山も川も人も,信濃の人たちの誇りなんでしょう。
ちょうど,大阪や神戸の人たちの『六甲おろし』のようなもの(?)でしょうか。

いまは新緑の季節,なにをするにも絶好のころです。紫外線だけには気をつけて,外に出かけましょうか。

タダの値段

むかし,無賃乗車(ただ乗り)を薩摩守といいいました。
これは狂言『薩摩守』で,渡し船に乗り,「平家の公達,薩摩守忠度(ただのり)」と言って,船賃を踏み倒そうとする話から来ていますので,由来は相当に古いです。

先月,大阪府寝屋川市のホームセンターで詰め替え用シャンプー3個(約2,000円相当)を万引したとして,府警高槻署の警部補(56)が逮捕されました。「金は持っていたが,払うのがもったいなかった」と容疑を認めています。逮捕時には数万円を所持していたそうです。

以前,定年間近の郵便局員が切手1枚を流用して,懲戒免職となりました。当然,退職金は支払われません。

上記の警察官も,同様に懲戒免職で退職金はもらえなくなるでしょう。

手に入れようとした(得しようとした)微少な金額に比べて,失った(損した)金額はなんと膨大なことでしょう。
まったく割に合いませんね。

私の通っているスポーツジムのパウダー・ルーム(化粧室)にはティッシュペーパーが常備されているのですが,すぐに無くなるのです。
観察していると,1度に多量引き出して,タオル代りに使っている人がいるのです。自分の家庭では決してそんな使い方はしないだろうに,と思うのですが,どうも無料で使えるとなると,無駄な使い方をする人が明らかに存在するのです。

いやしい心根が見え透いていて,私は好きではありません。

そもそも費用がかからないものなんてありません。
当然のこと,ジム側が経費を負担しているのです。
安いものでも積み重なれば大きな費用となります。

それより,有限な資源をできるだけ有効に利用するという観点からも,全てにおいて不必要な無駄使いは避けるべきなのです。
(必要な無駄使いは存在しないので,おかしな表現ですが…)

また,市などの公共の団体が,無料のパソコンやスマホ教室を開催していることがあります。
これも受講者は無料でも,当然,そのための経費は必要で,市民の血税でまかなわれているのです。

だいたい,タダで習いに来るような人たちは,一般的に学習能力が低く,結局,ものにならない,という場合が多いのも事実です。

実際,このようなことのせいで,高度な技術を提供していた良心的なパソコン教室がつぶれました。

公平な社会では,受益者負担の原則というものがあり,そのことによって利益を得る人は,そのための経費を負担するというのが,社会の原則だと思います。

言い換えれば,自分に必要なことには,身銭を切って,学ぼうとする気概がないと,ものにはなりませんよ。

やっぱり,良いものには,正当な対価を支払うべきです。

こんな話もあります。
ある専門的な情報を得たくて,高名 (?) な大学教授のところに,菓子折り1つを携えて,相談に訪れた人がいました。
訪問者が質問をすると,先生はその回答の提供に対する料金を説明したといいます。
訪問者は,大学の研究者が商売をするのか,と腹を立てて帰ったそうです。

この場合,国公立大学であれば,公務員が副収入を得ることは原則禁止されていますから,別の問題が発生しますが,無料で情報を得ようとする側も,なんと虫のいい話ではないでしょうか。

専門的な知識を持つためには,長期間にわたる学習と思考と経費がかかっている場合が多いのです。
具体的な物ではない,形のない情報に,価値を認めない傾向は,まだまだ存在しています。

タダより高いものはない」という格言もあります。
必要なものには相応しい対価を払って,公平で無駄のない生活をしようではありませんか。

こん回の曲は,季節がら,パット・ブーンの『4月の恋』(57)にしましょうか。

パット・ブーン(Pat Boone,1934-)は,フロリダ州ジャクソンビル出身,西部開拓史上の英雄ダニエル・ブーン(1734-1820)の子孫,清潔で折り目正しい唱法で人気を誇りました。代表曲は 『砂に書いたラブレター』(57)など。

彼と対極をなす同世代の歌手は,エルヴィス・プレスリー(Elvis Presley,1935-77)で,貧困の幼少時代から一気にスーパースターまで登りつめ,ロックンロールの誕生と普及に大きく貢献しました。

最後に,この季節にふさわしい詩を,
ロバート・ブラウニング(1812-89,英)上田敏・訳

春の朝

時は春,
日は朝 (あした) ,
朝 (あした) は七時,
片岡に露みちて,
揚雲雀 (あげひばり) なのりいで,
蝸牛 (かたつむり) 枝に這ひ,
神,そらに知ろしめす。
すべて世は事も無し。

なんと平和な,春らしい,すがすがしい詩でしょうか。やっぱり上田敏(1874-1916)の訳詞はいいですね。海潮音に所蔵されています。

春は寒くもなく,暑くもなく,何をするにも絶好の季節です。
好きなことをして,この良き季節を満喫してください。

花のはなし

春はの季節です。

たんにといえば,昔は梅の花をいい,平安後期からは桜の花のことをさしました。

の開花日は花見の予定のためか,気象情報でも毎年予測されていますが,600度の法則というものがあります。
これは,2月1日から毎日の日最高気温を積算していくと,600℃になる頃に開花する,というものです。

また,美しいこと,盛りであること,栄えることの例えとして用いられ,「の都」「今が人生の」「相手にを持たせる」などと使われます。

それ以外でも,いろいろの例えがあり,

に風 「月に叢雲(むらくも)は花に風」の略
:世の中の好事には,とかく障害が多いこと

が咲く
:盛んになる。努力が実って成功する

も恥じらう
:花も引け目を感ずるほどの若い女性の美しさの形容

も実も有る
:外観も美しく,内容も充実していること

より団子
:風流を解さないこと。名よりも実利を尊ぶこと

花を読んだ和歌もいろいろとあります。

人はいさ 心も知らず ふるさとは ぞ昔の 香ににほひける
紀貫之

あなたは昔のままの心なのでしょうか。わかりませんね。
でも,故郷には,昔のままに花の香りが匂っていますね。

久方の 光のどけき 春の日に しづ心なく の散るらむ
紀友則

こんなにも日の光が降りそそいでいるのどかな春の日であるというのに,どうして落着いた心もなく,花は散っていくのでしょうか。

世の中に たえてのなかりせば 春の心はのどけからまし
在原業平

世の中に桜というものがなかったなら,春になっても,咲くのを待ちどおしがったり,散るのを惜しんだりすることもなく,のんびりした気持ちでいられるだろうに。

3月は卒業のシーズン,別れの季節でもあります。
今回は『故郷を離るる歌』にしましょうか。

故郷を離るる歌
吉丸一昌・作詞 ドイツ民謡(1913.7)新作唱歌(五)

園の小百合 撫子 垣根の千草
今日は汝をながむる最後の日なり
おもえば涙膝をひたす さらば故郷
さらば故郷 さらば故郷 故郷さらば

つくし摘みし岡辺よ 社の森よ
小鮒釣りし小川よ 柳の土手よ
別るる我を憐と見よ されば故郷
さらば故郷 されば故郷 故郷されば

此処に立ちて さらばと 別れを告げん
山の蔭の故郷 静かに眠れ
夕日は落ちて たそがれたり されば故郷
さらば故郷 さらば故郷 故郷さらば

吉丸一昌(1873-1916)大分県出身,作詞家・文学者・教育者。東京帝大国文科卒,中学校・教諭,東京音楽学校・教授。
代表作は「早春賦」など。

ドイツ民謡でありながら,この曲は,とくに1,2番の歌詞が心にしみます。名曲ですね。作詞家の力でしょう。

私には残念ながら故郷がありません。現在でも生れ育った土地に住んでいます。
決して田舎ではありませんが,子供のころは,近くの川辺では蛍が見られましたし,家の近くに小規模の古墳がありましたから,かっこうの遊び場で,カブトムシやクワガタが取れました。

しいて言えば,母の実家が山里の大きな旧家だったので,それが絵で見るような故郷の光景かもしれません。

春本番です。
しかし,油断は禁物。このころに菜種梅雨という,菜の花が盛りのころに降り続く雨があり,雨が降れば気温も下がりますので,気をつける必要があります。
元気での季節を楽しんでください。

冬季オリンピックの思い出

いま韓国の平昌(ピョンチャン)で第23回の冬のオリンピックが2/9~25まで開催されています。

第1回大会は1924年にシャモニー(フランス)で行われました。

日本の初参加は第2回(1928)サンモリッツ(スイス)大会で,ノルディック6選手に監督1人,計7人でした。

第5回(1940)札幌,第6回(1944)コルチナ・ダンペッツォ(イタリア)は第二次世界大戦のために中止されました。

夏季大会でも,第12回(1940)東京,13回(1944)ロンドンが同様に中止になりました。

戦争がなければ,札幌,東京でもっと早くにオリンピックが開催できたのに,残念なことでした。
冬季大会は中止しても開催回数として数えていますが,夏季は飛ばしてカウントしています。

第16回1992年アルベールビル(フランス)までは夏季と同年開催
第17回1994年リレハンメル(ノルウェー)からは夏季の中間年に開催されています。

冬季オリンピックはやはり特別で,まだ南半球では開催されていません。

何といっても,強烈な印象を残したのが,初めての日本人メダルが銀で,しかも人気のアルペンスキーであったのです。

それは,第7回(1956)コルチナ・ダンペッツォ(イタリア)のアルペンの回転種目で,猪谷千春(1931-)が銀メダルを取りました。

千春さんは3歳から,父・六合雄(くにお,1890-1986)から英才教育を受け,といってもお父さん自身24歳でスキーに出会い,指導するための知識や技術がなかったのに,なにしろ結果を残しました。

この時代の人はすごくて,80歳でエベレストに登った三浦雄一郎(1932-)の父・敬三(1904-2006)は山岳写真家でしたが,100歳を過ぎてもスキーを滑りました。

猪谷が銀メダルをとったとき,アルペンスキー三冠(回転・大回転・滑降)を独占したのが,トニー・ザイラー(オーストリア,1935-2009)でした。

さわやかなイケメン(美男子)で映画に出演し,その影響でアマチュア資格に抵触するとされ,次のスコ―バレー五輪(1960)には出場できなくなり,本格的に俳優に転身しました。

白銀は招くよ』(59)で主題歌も歌って大ヒットしました。
銀嶺の王者』(60)では鰐淵晴子(わにぶち,1945-)と共演しました。
白銀に踊る』(61)でイナ・バウアー(独)と共演しました。トリノ(2006)の荒川静香の演技で有名になりましたが,美人選手でしたが,それほどの結果は残していません。

じつは,私は1961年からスキーを始めましたが,当時のゲレンデでは,『黒い稲妻』(58)というザイラー映画の影響か,全身が黒ずくめのウエアの人ばかりでした。

つぎの印象は,第11回(1972)札幌で70m級ジャンプで笠谷幸生(金),金野昭次(銀),青地清二(銅)はメダルを独占し,「日の丸飛行隊」と呼ばれました。

第16回(1992)アルベールビル(フランス)で,ノルディック複合団体(荻原健司・河野孝典・三ヶ田礼二)で金メダルを取りました。

この大会,複合の個人で,世界選手権では優勝を重ね,金メダルを期待された荻原でしたが,ジャンプでの風の影響で,メダルは取れませんでした。
この当時,日本はジャンプで先行し,距離で逃げきるパターンでしたが,日本人のジャンプが他国を圧倒していたため,以後ジャンプの点数が低く押さえられるルール改正につながりました。

複合では,前半のジャンプで瞬発力,後半の距離で持久力を必要とされ,総合的な運動能力が必要な競技なので,この種目の勝者には,ヨーロッパでは King of Ski の称号が与えられるそうです。

この大会,フィギュアスケート女子で伊藤みどり(69-)が,はじめてトリプル・アクセル(3回転半)を飛んで,銀メダルを取りました。
彼女のジャンプは高くて,4回転でも飛べそうでした。

第17回(1994)リレハンメル(ノルウェー)ではノルディック複合の団体(荻原健司・河野孝典・安倍雅司)で連覇しました。
ここでも,荻原は個人でメダルを逃しました。

第18回(1998)長野では,金メダルをとったのは5種目:
スキージャンプ個人ラージヒル 船木和喜
スキージャンプ団体 安倍孝信,斎藤浩哉,原田雅彦,船木和喜
スピードスケート男子500m 清水宏保
ショートトラック男子500m 西谷岳文
フリースタイルスキー女子モーグル 里谷多英

地元開催ということで,日本人も頑張ったんですね。

ちなみに,長野はオリンピック開催地としては最も南に位置する都市(北緯36°39.6′)ですが,大陸からの季節風と日本海と列島中央の高い山脈の影響で,豪雪地帯となっています。
南にあっても,雪を楽しめる(雪に苦しめられる?)土地柄なんです。

今回はやはり懐かしいこの歌『白銀は招くよ』にしましょう。映画の原題は ”12 Mädchen und 1 Mann “(12人の娘と1人の男),歌の原題は ”Ich bin der glücklichste Mensch auf der Welt”  (僕は世界一の幸せ者)です。

トニーザイラーの歌です。

日本語の歌詞は2種類あって

処女雪光る光る 冬山呼ぶよ呼ぶよ

子供向けの

雪の山はともだち 招くよ若い夢を

前者は,最近あまり聴かれなくなりました。NHKの子供番組の影響でしょうか。

この歌を聴いていると,猛烈にスキーに行きたくなってきます。昔は長いスキーをはいていましたが,今はカービング・スキーといって,短くて幅広のスキー板が一般的になりました。
道具一式を揃え替えるとなると,これまた大層ですね。

この季節,二十四節気では,
2月19日は雨水(うすい),冬の氷水が陽気にとけ雨水となって降る,の意。
3月6日は啓蟄(けいちつ),地中で冬眠した虫類が,陽気で地上に這いだす頃,で
いずれにしても,今年は久しぶりに寒い冬でしたが,もう春はそこまで来ています。
気候の変動が大きいこの季節,寒暖の変化に気をつけて,健やかにお過ごしください。

季節・気候と衣・食・住と歌にかかわって発信します