判定するということ

カラオケで歌った結果を「今のは何点でした」と評定するようなアプリ(アプリケーション,OS上で動くソフトウエア)があるそうです。
テレビ番組でも,そのようなものがあって,演者が真剣に取り組んで競っている様子が放映されて,人気も高そうです。

人間の審査員が主観で判定するよりも,一見,公平そうに見えます。
しかし,音程やリズムの違いを指摘するのは,機械的に容易ですが,表現力まで評定する項目があるので,どういう基準で行なっているのか,の疑問はあります。なにしろ,小数点以下3桁までの数値で評価されるので,その違いはなんだ,と思ったりします。

先日も,オペラ歌手とミュージカル歌手が対戦していました。オペラではマイクは使わず,オーケストラの音量に負けないよう,広い会場の隅々にまで届くような発声法が求められるのに対して,マイクを使うのが普通のミュージカル歌手の方が有利な立場です。高音部での声の広がりなどはオペラ歌手が圧倒していましたが,結局,ミュージカル歌手の方に高い点数がでましたが,当然の結果と言えるでしょう。

また,同様の別の番組で,100点満点を連発し,3人が同点優勝というような,しまらないものもありました。
音程の正確率が96%程度だったので,本当の満点ではなかったようなんですが。
完全な歌唱というのは,ありえない気がしますし,たぶん評価基準が甘過ぎたのでは,と思われます。

ピアノでも,同じようなものがあって,おそらく電子ピアノを使っていると思われますが,この判定は単純で,ミス・タッチの数の少なさだけで競いました。ピアノ演奏でも表現力は大切と思いますが…。

このほか最近では,俳句・生け花など,さまざまな分野で,採点して評価するようなテレビ番組がはやりです。
本来,このような芸術を簡単に評価や判定するのは,とても難しいことなのですが。

昔から,音楽コンクールや展覧会など,芸術の世界では,所属する系列や団体によって,歴然とした主観による判定が横行して,問題となってきました。

だから「入賞したからなんなの」という立場をとる人たちも大勢います。

これに反して,スポーツの世界では,判定はつきものです。

しかし,1人の審判が判定するような競技では,誤審がつきもので(場合によっては意図的な判定も存在し),それによって試合の結果が左右されることがあって,大きな問題です。
サッカーのように点数の少ない競技では非常に問題が大きいです。審判の数を増やすとか,ビデオ判定を導入するとか,もっと明瞭な判定方法に変えないと,競技人口が多いだけに,常に批判にさらされます。

日本の伝統的なスポーツ,大相撲では,ビデオ導入が早く,1969年五月場所から導入されています。それまでも,結果をスローモーションで再生して,広い角度から,勝負の推移を見られるので,好評でした。大相撲では,まず行司が判定し,問題があれば,土俵下の勝負審判の誰かが「物言い」をつけ,5人の審判が協議し,ビデ室の意見も聞き,最終の判定をします。
非常に古い競技でありながら,最も不平が出ないような判定をしています。なにしろ,勝負判定が微妙で,勝負がつかないような取組では,「同体」と認め「取り直し」まであるのですから。

テニスの審判補助システムとしてホークアイ(鷹の目)が,4大大会では2006年の全米オープンから導入され,今やチャレンジ・システムとして定着しています。後に,全豪・全英オーブンでも導入されましたが,全コートに設置されているわけではなく,センターコートや1番コートなどに限られています。
これは,ビデオ再生ではなく,複数のカメラが捉えた映像からボールの最も妥当な軌道を再構築し,コンピューターグラフィックス(CG)で瞬時に再現するものです。このときいつも思うのは,地面のボール跡の形状です。ふくらみや長さなどが場合によって違い,本当に正確に再現されているか,という疑問です。
そのせいか,当初,フェデラーなどトップ選手は,導入に反対していました。

バドミントンではシャトル(コック)が堅いコルクで出来ているので,シャトル跡がライン幅に比べて小さく,点のように見えるので,テニスのような疑問は起りません。

しかし,近代スポーツであるはずの野球では,判定基準があいまいですね。
野球では動きがストップするので,アウト・セーフの判定や,ヒット・ファウルの判定に,ビデオの導入が容易だと思うのですが。
それにしても,ストライク・ボールの判定は基準が明確ではないですね。高さが打者によって異なるし,空間の四隅を人間の目で判定するのは,至難の業です。
野球は,世界大会とか,日本のドラフト制度など,ほかのスポーツと比べて,いろな意味で,遅れていると言わざるを得ません。

スポーツでも,フィギュアスケート,体操,シンクロナイズドスイミングなど,芸術性を評価して点数で表現するものは,先の芸術分野と同様の疑義が残ります。

ですから,時間距離などを競う古典的な陸上競技などでは,分りやすくていいですね。ですから,観ている人たちも,優勝者に真のチャンピオンとして,惜しみない称賛の拍手を送るのでしょう。

今回は,秋のこの歌にしましょう。
落葉松(からまつ)』野上彰・作詞 小林秀雄・作曲(1972)

さいきん,カバー(covers)とかいって,人の歌をほかの人が歌うのが,大いに流行っています。
以前の名曲を歌いたい,という歌手の気持ちは理解できますが,ほとんどの場合,原曲にかないません。
その理由の一つは,練習量が足りません。歌いこなされていません。
とくに,番組で若い歌手が昔の歌を歌うのは,聴くに堪えません。どうか,昔のビデオを流してください。その方が何倍も良いです。

秋本番です。この時期,日によって気温が大きく変動しますから,天気予報をこまめにチェックして,体調を壊さないよう,健やかにお過ごしください。