気になる音楽と音楽家

ある開発途上国に赴任していたとき,口に合うレストランもない中,比較的まし,と聞いたイタリアン・レストランに友人と二人で行ったときのことです。

そこでギターの調べが聞こえてきたのですが,明らかに聞き覚えのある曲でした。

それはインスピレーションジプシーキングス演奏)という曲で時代劇「鬼平犯科帳」のエンド・ロールで江戸の四季の美しい映像がうつされるバックに流れる音楽でした。

思わず演奏するギター・デュオに片言のロシア語で「それは日本の音楽だ!」と言うと,
「ミヤガワ,ミヤガワ」と言って,つぎの曲を弾きだしました。

それは
恋のバカンス』岩谷時子・作詞 宮川泰・作曲 ザ・ピーナッツ・歌(1963)

ため息の出るような
あなたのくちづけに
甘い恋を夢みる 乙女ごころよ
金色に輝く 熱い砂の上で
裸で恋をしよう 人魚のように

陽にやけた ほほよせて
ささやいた 約束は
二人だけの 秘めごと
ためいきが 出ちゃう
ああ 恋のよろこびに
バラ色の月日よ
はじめて あなたを見た
恋のバカンス

あとで聞いたところによると,ロシアでかなり流行った歌だそうで,ロシア語の歌詞もありましたが,「裸で恋をしよう」などという過激(?)な言葉はありません。

じつは宮川さん,このわずか4か月後の春分の日にお亡くなりになったのです。

宮川泰(ひろし,1931.3.18-2006.3.21)さんは,大阪府富田林市で育たれ,大阪学芸大学(現・大阪教育大学)音楽科を中退,そのご和製ポップスの開拓者として活躍,ザ・ピーナッツを育てられたことでも有名です。
代表作は「ウナ・セラ・ディ東京」「銀色の道」「宇宙戦艦ヤマド」など多数の作曲をしました。

クレージーキャッツにピアニストとして入団を誘われたりするほどのお笑い好きで,楽しく音楽する人でした。

岩谷時子(1916.3.18-2013.10.25)さんは,幼少から兵庫県西宮市で育たれ,神戸女学院大学部英文科を卒業後,宝塚歌劇団出版部に就職され,雑誌「歌劇」の編集長として活躍,8歳年下の
越路吹雪(1924.2.18-1980.11.7)と知合い,越路が退団するときに一緒に退職し,以後越路の無給のマネージャーとなります。
生活費を稼ぐため作詞家・訳詞家となり,越路のすべての歌と多くの作詞をしました。
代表作は「夜明けのうた」「君といつまでも」「恋の季節」「愛の賛歌」など多数の作詞・訳詞をしました。

生涯独身で,作詞から想像するような艶やかさはなく,むしろ質素な感じのする人で,97歳の長寿をまっとうされました。

ザ・ピーナッツ(活動期間59-75)は名古屋出身の双子女性デュオ,姉エミさんが沢田研二と結婚することで解散,エミさんは2012.6.15に亡くなっています。

当時からそして今も彼女らを上回るような世界的に活躍する女性デュオは出ていません。
ピンク・レディー(活動期間76-81)は,ピーナッツを目指したようですが,志し半ばで解散,挫折しました。
そのご何度も再結成しましたが,やはりうまくいきません。
歌い続けることも大切なんですね。

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