アルフレッド・B・ノーベル(1833.10.21-1896.12.10)は,不安定なニトログリセリンを扱いやすくしたダイナマイトを発明し,巨額の富を得ました。
いまでも,ダイナマイトは強力なものの代名詞として
阪神タイガースはダイナマイト打線で,小林旭はマイト・ガイと呼ばれました。
ノーベルは,『死の商人』としての悪名を払拭すべく,「換金可能な財は,安全な有価証券に投資し継続される基金を設立し,その毎年の利子について,前年に人類のために最大たる貢献をした人々に分配されるものとする」という旨の遺言状を残しました。
それがノーベル賞です。
第1回は1901年から始まっています。
現在は,物理学,化学,医学生理学,文学,平和,経済学の6部門です。
日本のこれまでの受賞者は18人で
物理学6人,化学7人,医学生理学2人,文学2人,平和1人です。
最初は1949年の湯川秀樹博士の物理学賞で「中間子の存在の予想」が受賞理由でした。
第2次世界大戦直後の受賞で,古橋広之進選手の「フジヤマのトビウオ」とともに,落ち込んでいた日本人に勇気を与えました。
後日,湯川博士はアインシュタインやオッペンハイマー(原爆の父)から大いなる祝福を受けましたが,彼らは広島・長崎の贖罪のつもりだったのでしょう。
ノーベル賞の候補者になるためには,しかるべき推薦者が必要なのです。
たとえば,川端康成は,同時期に文学賞受賞をとりざたされていた三島由紀夫に推薦文を依頼しました。
後輩である三島は,どういう心境であったのか,推測するすべもありませんが,おそらくは複雑な気持ちで,推薦文をしたためたことと思われます。
もともと
賞というものは,誰かが決めるものですから,それが本当にふさわしいかどうか?について,常に疑問符が付きます。
たとえば
佐藤栄作は,1974年に平和賞を受賞しましたが
その受賞理由は「非核三原則の提唱」ということになっています。
いわゆる「核兵器をもたず,つくらず,もちこませず」というものですが,実際,米の原潜が寄港するときに,核で自らを武装するのは常識のことでした。
最近になって,選考したノルウェー・ノーベル委員会は,授与は適正でなかった,というコメントを発表しています。
ことしは興味深いものがノーベル賞の候補になっています。
戦争放棄をうたう憲法9条を保持し続けてきた「日本国民」が,今年のノーベル平和賞候補にエントリされました。
きっかけは神奈川県の主婦(37)が「9条に平和賞を」とノーベル委員会に訴えつづけてきた結果です。
第2次世界大戦で,日本では軍人・民間人を含めて310万の人々が亡くなりました。
310万の命と引換えに獲得した世界に類をみない平和憲法を大切にしようとする動きは,静かですが,力強いです。
ところが
現政府は,集団的自衛権(直接に攻撃を受けている他国を援助し,これと共同で武力攻撃する権利)を,憲法改正という正式な過程を経ずに,勝手に獲得しようとしています。
せっかく誇り高く,不戦を誓った,戦争をしない特別の国であった日本が,軍事力を行使するような,ただの普通の国に成り下がろうとしています。
5月3日は憲法記念日です。
1947年5月3日に日本国憲法が施行されたことを記念して,翌年,祝日法によって制定されました。
もし,先の平和賞が日本国民にもたらされたら,さぞや楽しいことでしょうね。
期待せずに,待ちましょう。