初恋

初恋とは,その人にとって最初の恋,のことです。ですから,年齢は関係ないことになっています。

初恋は,「かなわぬ恋」であったり,「しのぶ恋」であったり,「片思いの恋」であったりして,本物の恋に進展しないことも多いのです。

実際,最近のある調査によると,初恋の相手は「同級生(64.0%)」が断トツで,初恋の相手に思いを告げたかを問う質問では,「告げた」と回答した人は23.6%にとどまり,なんと8割近くの男女がその思いを内に秘めていたままであることがわかりました。

それゆえに昔から,詩や小説,そして映画の題材として格好のテーマで,たくさん作られています。

詩で有名なのは,島崎藤村の詩集『若菜集』(1897)に収められている「初恋」でしょうか。

まだあげ初めし前髪の
林檎のもとに見えしとき
前にさしたる花櫛の
花ある君と思ひけり

やさしく白き手をのべて
林檎をわれにあたへしは
薄紅の秋の実に
人こひ初めしはじめなり

わがこゝろなきためいきの
その髪の毛にかゝるとき
たのしき恋の盃を
君が情に酌みしかな

林檎畑の樹の下に
おのづからなる細道は
誰が踏みそめしかたみぞと
問ひたまふこそこひしけれ

小説では,ロシアのイワン・ツルゲーネフの「初恋」(1860)が有名です。

この作品では,40歳代となった主人公ウラジーミルが,自分の16歳の頃の初恋について回想し,友人たちに向けてノートに記した手記という形式となっていて,半自伝的小説とされています。
まだ若い主人公がコケティッシュ(coquetish,なまめかしい)なヒロインのジナイーダに弄ばれるなどの非道徳的な内容を詩的な美しい文章で描いています。
ヒロインは周りに群がる崇拝者達には目もくれず,なんと密かに主人公の父に恋をしていて,その父も冷酷な浮気者で,ヒロインを鞭で打つのでした。

この作品は,洋画や邦画で何度も取り上げられましたから,目にされた方も多いのではないでしょうか。

日本の代表的な青春小説,伊藤佐千夫野菊の墓』,三島由紀夫潮騒』,川端康成伊豆の踊子』など,初恋という名はついていませんが,みんな初恋の物語です。

ここで,日本語の「初恋」と,英語の「first love」はかなり感覚が違うことに気がつきます。やはり,西洋ものは激しいですね。日本のは,淡い,夢みるような初恋です。

日本の比較的新しい歌で有名なのは,村下孝蔵の『初恋』(83)でしょうか。

五月雨は緑色 悲しくさせたよ 一人の午後は
恋をして淋しくて 届かぬ想いを暖めていた
好きだよと言えずに初恋は ふりこ細工の心
放課後の校庭を走る君がいた
遠くで僕はいつでも君を探してた
浅い夢だから胸をはなれない

夕映えはあんず色 帰り道一人 口笛吹いて
名前さえ呼べなくて とらわれた心 見つめていたよ
好きだよと言えずに初恋は ふりこ細工の心
風に舞った花びらが 水面を乱すように
愛という字 書いてみては ふるえてたあの頃 
浅い夢だから胸をはなれない

放課後の校庭を走る君がいた
遠くで僕はいつでも君を探してた
浅い夢だから胸をはなれない
胸をはなれない 今もはなれない
胸をはなれない

村下孝蔵(53-99)は熊本県水俣市出身のシンガーソングライター,若干46歳で没。

あるテレビ番組で,この歌詞にある初恋相手を登場させ,その前で村下に歌わせるという,いかにもテレビらしいが,残ない企画をやらかしました。

別の番組でも,ペギー葉山の『学生時代』(64)の3番の歌詞にある「美しい横顔」の同級生を登場させ,同じような思いをさせました。

こういう,味気ない,趣のない,視聴者の夢をこわすような,つまらん企画はなんとしても,やめてもらいたいものです。

クラシックの名曲にも『初恋石川啄木・詩 越谷達之助・曲(38)があります。

砂山の砂に腹ばい 初恋のいたみを 遠くおもひ出づる日

初恋のいたみを 遠く遠く ああおもひ出づる日

砂山の砂に 砂に腹ばい 初恋のいたみを 遠くおもひ出づる日

テノール歌手の奥田良三(03-93)が80歳を過ぎて,この歌を切々と歌っているのを聞いたことがありますが,なかなか趣のあるシーンでした。

みなさんも秋の夜長,初恋に身を焦がした日々を,あるいは初恋に憧れた頃を,しみじみと思い出してみてはいかがですか。

ただし,これからは冬に向かってますます厳しい時期が続きますので,季節に合った着衣を心がけて,健やかにお過ごしください。

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