初恋

初恋とは,その人にとって最初の恋,のことです。ですから,年齢は関係ないことになっています。

初恋は,「かなわぬ恋」であったり,「しのぶ恋」であったり,「片思いの恋」であったりして,本物の恋に進展しないことも多いのです。

実際,最近のある調査によると,初恋の相手は「同級生(64.0%)」が断トツで,初恋の相手に思いを告げたかを問う質問では,「告げた」と回答した人は23.6%にとどまり,なんと8割近くの男女がその思いを内に秘めていたままであることがわかりました。

それゆえに昔から,詩や小説,そして映画の題材として格好のテーマで,たくさん作られています。

詩で有名なのは,島崎藤村の詩集『若菜集』(1897)に収められている「初恋」でしょうか。

まだあげ初めし前髪の
林檎のもとに見えしとき
前にさしたる花櫛の
花ある君と思ひけり

やさしく白き手をのべて
林檎をわれにあたへしは
薄紅の秋の実に
人こひ初めしはじめなり

わがこゝろなきためいきの
その髪の毛にかゝるとき
たのしき恋の盃を
君が情に酌みしかな

林檎畑の樹の下に
おのづからなる細道は
誰が踏みそめしかたみぞと
問ひたまふこそこひしけれ

小説では,ロシアのイワン・ツルゲーネフの「初恋」(1860)が有名です。

この作品では,40歳代となった主人公ウラジーミルが,自分の16歳の頃の初恋について回想し,友人たちに向けてノートに記した手記という形式となっていて,半自伝的小説とされています。
まだ若い主人公がコケティッシュ(coquetish,なまめかしい)なヒロインのジナイーダに弄ばれるなどの非道徳的な内容を詩的な美しい文章で描いています。
ヒロインは周りに群がる崇拝者達には目もくれず,なんと密かに主人公の父に恋をしていて,その父も冷酷な浮気者で,ヒロインを鞭で打つのでした。

この作品は,洋画や邦画で何度も取り上げられましたから,目にされた方も多いのではないでしょうか。

日本の代表的な青春小説,伊藤佐千夫野菊の墓』,三島由紀夫潮騒』,川端康成伊豆の踊子』など,初恋という名はついていませんが,みんな初恋の物語です。

ここで,日本語の「初恋」と,英語の「first love」はかなり感覚が違うことに気がつきます。やはり,西洋ものは激しいですね。日本のは,淡い,夢みるような初恋です。

日本の比較的新しい歌で有名なのは,村下孝蔵の『初恋』(83)でしょうか。

五月雨は緑色 悲しくさせたよ 一人の午後は
恋をして淋しくて 届かぬ想いを暖めていた
好きだよと言えずに初恋は ふりこ細工の心
放課後の校庭を走る君がいた
遠くで僕はいつでも君を探してた
浅い夢だから胸をはなれない

夕映えはあんず色 帰り道一人 口笛吹いて
名前さえ呼べなくて とらわれた心 見つめていたよ
好きだよと言えずに初恋は ふりこ細工の心
風に舞った花びらが 水面を乱すように
愛という字 書いてみては ふるえてたあの頃 
浅い夢だから胸をはなれない

放課後の校庭を走る君がいた
遠くで僕はいつでも君を探してた
浅い夢だから胸をはなれない
胸をはなれない 今もはなれない
胸をはなれない

村下孝蔵(53-99)は熊本県水俣市出身のシンガーソングライター,若干46歳で没。

あるテレビ番組で,この歌詞にある初恋相手を登場させ,その前で村下に歌わせるという,いかにもテレビらしいが,残ない企画をやらかしました。

別の番組でも,ペギー葉山の『学生時代』(64)の3番の歌詞にある「美しい横顔」の同級生を登場させ,同じような思いをさせました。

こういう,味気ない,趣のない,視聴者の夢をこわすような,つまらん企画はなんとしても,やめてもらいたいものです。

クラシックの名曲にも『初恋石川啄木・詩 越谷達之助・曲(38)があります。

砂山の砂に腹ばい 初恋のいたみを 遠くおもひ出づる日

初恋のいたみを 遠く遠く ああおもひ出づる日

砂山の砂に 砂に腹ばい 初恋のいたみを 遠くおもひ出づる日

テノール歌手の奥田良三(03-93)が80歳を過ぎて,この歌を切々と歌っているのを聞いたことがありますが,なかなか趣のあるシーンでした。

みなさんも秋の夜長,初恋に身を焦がした日々を,あるいは初恋に憧れた頃を,しみじみと思い出してみてはいかがですか。

ただし,これからは冬に向かってますます厳しい時期が続きますので,季節に合った着衣を心がけて,健やかにお過ごしください。

判定するということ

カラオケで歌った結果を「今のは何点でした」と評定するようなアプリ(アプリケーション,OS上で動くソフトウエア)があるそうです。
テレビ番組でも,そのようなものがあって,演者が真剣に取り組んで競っている様子が放映されて,人気も高そうです。

人間の審査員が主観で判定するよりも,一見,公平そうに見えます。
しかし,音程やリズムの違いを指摘するのは,機械的に容易ですが,表現力まで評定する項目があるので,どういう基準で行なっているのか,の疑問はあります。なにしろ,小数点以下3桁までの数値で評価されるので,その違いはなんだ,と思ったりします。

先日も,オペラ歌手とミュージカル歌手が対戦していました。オペラではマイクは使わず,オーケストラの音量に負けないよう,広い会場の隅々にまで届くような発声法が求められるのに対して,マイクを使うのが普通のミュージカル歌手の方が有利な立場です。高音部での声の広がりなどはオペラ歌手が圧倒していましたが,結局,ミュージカル歌手の方に高い点数がでましたが,当然の結果と言えるでしょう。

また,同様の別の番組で,100点満点を連発し,3人が同点優勝というような,しまらないものもありました。
音程の正確率が96%程度だったので,本当の満点ではなかったようなんですが。
完全な歌唱というのは,ありえない気がしますし,たぶん評価基準が甘過ぎたのでは,と思われます。

ピアノでも,同じようなものがあって,おそらく電子ピアノを使っていると思われますが,この判定は単純で,ミス・タッチの数の少なさだけで競いました。ピアノ演奏でも表現力は大切と思いますが…。

このほか最近では,俳句・生け花など,さまざまな分野で,採点して評価するようなテレビ番組がはやりです。
本来,このような芸術を簡単に評価や判定するのは,とても難しいことなのですが。

昔から,音楽コンクールや展覧会など,芸術の世界では,所属する系列や団体によって,歴然とした主観による判定が横行して,問題となってきました。

だから「入賞したからなんなの」という立場をとる人たちも大勢います。

これに反して,スポーツの世界では,判定はつきものです。

しかし,1人の審判が判定するような競技では,誤審がつきもので(場合によっては意図的な判定も存在し),それによって試合の結果が左右されることがあって,大きな問題です。
サッカーのように点数の少ない競技では非常に問題が大きいです。審判の数を増やすとか,ビデオ判定を導入するとか,もっと明瞭な判定方法に変えないと,競技人口が多いだけに,常に批判にさらされます。

日本の伝統的なスポーツ,大相撲では,ビデオ導入が早く,1969年五月場所から導入されています。それまでも,結果をスローモーションで再生して,広い角度から,勝負の推移を見られるので,好評でした。大相撲では,まず行司が判定し,問題があれば,土俵下の勝負審判の誰かが「物言い」をつけ,5人の審判が協議し,ビデ室の意見も聞き,最終の判定をします。
非常に古い競技でありながら,最も不平が出ないような判定をしています。なにしろ,勝負判定が微妙で,勝負がつかないような取組では,「同体」と認め「取り直し」まであるのですから。

テニスの審判補助システムとしてホークアイ(鷹の目)が,4大大会では2006年の全米オープンから導入され,今やチャレンジ・システムとして定着しています。後に,全豪・全英オーブンでも導入されましたが,全コートに設置されているわけではなく,センターコートや1番コートなどに限られています。
これは,ビデオ再生ではなく,複数のカメラが捉えた映像からボールの最も妥当な軌道を再構築し,コンピューターグラフィックス(CG)で瞬時に再現するものです。このときいつも思うのは,地面のボール跡の形状です。ふくらみや長さなどが場合によって違い,本当に正確に再現されているか,という疑問です。
そのせいか,当初,フェデラーなどトップ選手は,導入に反対していました。

バドミントンではシャトル(コック)が堅いコルクで出来ているので,シャトル跡がライン幅に比べて小さく,点のように見えるので,テニスのような疑問は起りません。

しかし,近代スポーツであるはずの野球では,判定基準があいまいですね。
野球では動きがストップするので,アウト・セーフの判定や,ヒット・ファウルの判定に,ビデオの導入が容易だと思うのですが。
それにしても,ストライク・ボールの判定は基準が明確ではないですね。高さが打者によって異なるし,空間の四隅を人間の目で判定するのは,至難の業です。
野球は,世界大会とか,日本のドラフト制度など,ほかのスポーツと比べて,いろな意味で,遅れていると言わざるを得ません。

スポーツでも,フィギュアスケート,体操,シンクロナイズドスイミングなど,芸術性を評価して点数で表現するものは,先の芸術分野と同様の疑義が残ります。

ですから,時間距離などを競う古典的な陸上競技などでは,分りやすくていいですね。ですから,観ている人たちも,優勝者に真のチャンピオンとして,惜しみない称賛の拍手を送るのでしょう。

今回は,秋のこの歌にしましょう。
落葉松(からまつ)』野上彰・作詞 小林秀雄・作曲(1972)

さいきん,カバー(covers)とかいって,人の歌をほかの人が歌うのが,大いに流行っています。
以前の名曲を歌いたい,という歌手の気持ちは理解できますが,ほとんどの場合,原曲にかないません。
その理由の一つは,練習量が足りません。歌いこなされていません。
とくに,番組で若い歌手が昔の歌を歌うのは,聴くに堪えません。どうか,昔のビデオを流してください。その方が何倍も良いです。

秋本番です。この時期,日によって気温が大きく変動しますから,天気予報をこまめにチェックして,体調を壊さないよう,健やかにお過ごしください。

月が綺麗ですね

月がきれいですね」と言われたら,どう反応しますか?

夏目漱石が英語教師をしていたとき, “ I love you ” を生徒が「我君を愛す」と直訳したのを聞き,「日本人はそんなことを言わない。月が綺麗ですね,とでもしておきなさい」と言ったとされる逸話から,遠回しな告白の言葉として使われているそうなんです。
現在の朝ドラ『とと姉ちゃん』でも,使われていました。

そうすると,「そうですね」,「本当に」などと答えたのでは,意思が伝わらないことになります。

二葉亭四迷はロシア文学を翻訳した際,腕にキスして抱き寄せるというロマンチックなアプローチに対して,女性が
Ваша… (ヴァーシャ)” =「yours(あなたに委ねます)」とささやいたシーンを,
死んでもいいわ」と訳しており,しばしばこの「月が綺麗ですね」への返答として
「死んでもいいわ」はセットで使われることが多いそうなんです。

しかし,それでは急に生々しくなりますね。

また漱石の小説『三四郎』のなかで,

Pity’s akin to love.(憐憫は恋に類似する)

可哀想だた惚れたって事よ」と与次郎が俗っぽく訳したのを,広田先生は「下劣の極だ」と苦い顔をする,という有名なシーンがありました。

夏目漱石(1867-1916)は今年,没後100年ということで,朝日新聞では『吾輩は猫である』を再連載しています。

漱石は,小説の出だしを味のある名文で読者を引き込むのが上手です。落語の枕のつかみ,に似ていますね。

草枕
山路を登りながら,こう考えた。
智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。とかくに人の世は住みにくい。
住みにくさが高じると,安い所へ引き越したくなる。どこへ越しても住みにくいと悟った時,詩が生れて,絵が出来る。

坊っちゃん
親譲りの無鉄砲で子供の時から損ばかりしている。

吾輩は猫である
吾輩は猫である。名前はまだない。
どこで生まれたか頓と見当がつかぬ。何でも薄暗いじめじめした所でニャーニャー泣いていた事だけは記憶している。

月の美しい季節になりました。
中秋の名月」という言葉がありますが,陰暦の7・8・9月を秋としましたから,真ん中の8月が中秋で,旧暦の8月15日を指します。現在に置き換えると,9月15日になります。

十五夜が満月で,月の出る時刻が,毎晩約50分づつ遅くなるので,月の出を待つ様子が名前になっています。

15日  十五夜,満月
16日  十六夜(いざよい)
17日  立待(たちまち)月
18日  居待(いまち)月
19日  寝待(ねまち)月,臥待(ふしまち)月
20日  更待(ふけまち)月

月がとっても青いから 遠回りして帰ろう」(清水みのる:詞,陸奥明:曲,菅原都々子:歌)という曲がありました。

月が鏡であったなら恋しあなたの面影を夜毎うつして見ようもの(題:忘れちゃいやヨ)」(最上洋:詞,細田義勝:曲,渡辺はま子:歌)というものありました。

短歌には,

月々に 月見る月は 多けれど 月見る月は この月の月 (よみ人知らず)

月見れば 千々にものこそ 悲しけれ わが身ひとつの 秋にはあらねど 大江千里〈百人一首〉)

俳句にも名句があります。

名月や池をめぐりて夜もすがら 松尾芭蕉

名月をとってくれろと泣く子かな 小林一茶

今回の歌は月つながりで, この曲にしましょう。
月の砂漠加藤まさを:作詞 佐々木すぐる:作曲 『少女倶楽部』(1923) 小鳩くるみ:歌

月の砂漠を はるばると
旅のらくだが 行きました
金と銀との くら置いて
二つならんで 行きました

金のくらには 銀のかめ
銀のくらには 金のかめ
二つのかめは それぞれに
ひもで結んで ありました

先のくらには 王子さま
あとのくらには お姫さま
乗った二人は おそろいの 
白い上着を 着てました

ひろい砂漠を ひとすじに
二人はどこへ いくのでしょう
おぼろにけぶる 月の夜を
対のらくだは とぼとぼと
砂丘を越えて 行きました
だまって越えて 行きました

この「砂漠」は何をイメージしていたのか,は長く論議されてきました。明らかに,本当の過酷な砂漠ではなく,日本のどこかの穏やかな「砂丘」だったと思われます。

夕方から夜の虫の音が騒がしいほどになってきました。
秋は夏と冬との間の大きな季節の変り目です。
夏から秋への季節も変化が思いのほか激しいので,気を付けてお過ごしください。
この季節は台風の季節でもありますので,気象予報には,できるだけ新しい情報を,スマホなどで確認して,安全な対応をしてください。

芝居の思い出

最近,また大衆演劇がけっこう流行ってきているようです。いっとき「下町の玉三郎」とか,モデルと結婚した「流し目王子」とかいう人気者がでてきて,盛り上げていました。

子供のころ,そんな大衆演劇をしばしば見に行っていました。
というのも,恐らく映画が全盛のころだったと思いますが,学校から見に行く,文部省推薦の映画は,おしなべて暗く,面白くありませんでした。

もう一つの理由は,ちかくに呉服座(くれはざ)という芝居小屋があったからでしょう。
これは歴史的建造物で,1874(明治7年)に戎座として建設され,1892(明治25年)に猪名川の河川敷に移設され,名前も呉服座と改められました。1971(昭和46年)には愛知県犬山市の明治村に移築されました。重要文化財に指定されています。

小屋には木戸番がいて,履物を預かってもらって,木札をもらい裸足で上がりました。
ただ昔の記憶と違っているのは,色目です。たしか緑色だったと鮮明に記憶しているのですが,現在の写真を見ると,べんがら色なんです。記憶が間違っているのか,塗り替えたのか,真実を知りたいものです。

旅回りの一座が定期的に巡回してくるので,当然,人気のある劇団や人気者がでてきます。「市川おもちゃ」という座長のいる劇団が人気があった,と記憶しています。ここでも,歌舞伎の名門「市川」,「片岡」や「中村」が,どういう経緯か,使われておりました。

大衆演劇の構成は,現代劇(人情劇)と時代劇(剣劇),中間に歌謡ショーが挟まっている三部構成が主流でした。

演目は,歌舞伎や新派・新劇の当り狂言をアレンジしたようなもので,新国劇の剣劇も,よくやられていました。

役者が真剣に演じるのをまじかに観るのは,芝居の上手い下手にかかわらず,感動を呼びます。
チャンバラで,切られた人たちがその場では倒れず,うめきながら舞台から袖にはけるのを,「人手が限られるからな」と納得して観ておりました。

そんな大衆演劇で,よく聞いた唄です。
名月赤城山矢島寵児・作詞 菊池博・作曲 東海林太郎・唄(1937)

この唄に唄われているのは,もちろん国定忠治(1810-51)のことで,本名は長岡ですが,国定は生地の上野国(上州,現・群馬県)国定村に由来します。天保の大飢饉(1833-36)に農民を救済した侠客として知られています。
講談などでは,悪代官を殺め,赤城の山にこもりますが,追手が迫るので,子分たちとも別れて,信州に逃れるが,逃亡生活でさまざまに苦労し,最後にとらわれる,という筋です。

講談,新国劇で有名になった台詞に

赤城の山も今宵限り,生まれ故郷の国定村や,縄張りを捨て国を捨て,可愛い乾分(こぶん )の手前(てめえ) たちとも,別れ別れになる首途(かどで)だ。

歌詞の中にも,「男心に男が惚れて」とか「意地の筋金,度胸の良さも」というのがありますが,人生でそんな人に出会いましたか?
そんな人に限って早死にするんですね。適切な活躍の場を与えられていたら,その男気でもって,もっと社会貢献もできただろうに,と惜しまれる存在が居ました。

もう少し長ずるにしたがって,町に唯一の小さな映画館で映画も観ました。
喜びも悲しみも幾年月」(1957,松竹)木下恵介・監督 高峰秀子・佐田啓二・出演,灯台守夫婦の物語です。挿入歌が有名になりました。

裸の大将」(1958,東宝)堀川弘通・監督 小林桂樹・主演,画家・山下清の放浪記です。
後にTVで,芦屋雁之助・主演で放映されました(1980-1997)。

さらに邦画ばかりでなく,洋画も隣の駅まで行って,3館あるうちの1館で観るようになりました。

ボーイハント(Where the Boys Are)」(1960,米)
吹雪ふきまく中西部の名門女子大学の4人組が,春休みに暖かいフロリダに旅行を計画,あわよくば素敵なBF(boyfriend)を得んと車で出かけるという話です。お金がないので,レストランでお湯だけ注文し,スキムミルクを溶かしてビスケットで済ます,というようなエピソードも入っていて,他愛のない青春コメディです。しかし,後半,仲間の一人がレイプされるという深刻な事態も起こります。主題歌を歌うコニー・フランシスも仲間の一人として出演していました。彼女は日本語でも歌っています。

日本語の題名「ボーイハント」には,違和感がありました。もちろん,これは和製英語で,男子を狩りする,という積極的な感じがするのですが,映画の内容は,素敵な彼氏に巡り合えたら,みたいな柔らかい期待感に満ちているので,適切な言葉とは思えません。

今年の夏はとりわけ厳しい酷暑でした。猛暑日熱帯夜がつづき,日ごろ余りエアコンを使わないようにしている私も,危険を察知して,エアコン三昧の日々でした。おかげで,余計に暑さに弱くなる,という実感でした。
しかし,もう季節は秋に向かっています。朝晩は涼しく,虫の音も聞こえています。
季節の変り目には,とくに注意が必要です。気温に合わせた着衣を心がけて,健やかにお過ごしください。

えとの話

干支(えと)とは,日本では,ね・うし・とら・う・たつ…などの十二支をいうことが多いのですが,正式には,十(じっかん)と十二を組合せた60を周期とする数詞で,暦を始めとして,時間,方位などに用いられます。

五行とは,木・火・土・金・水を,人間の生活に必要な五つの元素とし,そこに陽の兄(え)と,陰の弟(と)があります。

十干(じっかん)

      音読み   訓読み     意味
1 甲 こう  きのえ   木の兄
2 乙 おつ  きのと   木の弟
3 丙 へい  ひのえ   火の兄
4 丁 てい  ひのと   火の弟
5 戊 ぼ   つちのえ  土の兄
6 己 き   つちのと  土の弟
7 庚 こう  かのえ   金の兄
8 辛 しん  かのと   金の弟
9 壬 じん  みずのえ  水の兄
10 癸 き    みずのと  水の弟

十二支(じゅうにし)

      音読み   訓読み   時刻   方位
1 子 し    ね(ずみ)   0時  北
2 丑 ちゅう  うし      2時
3 虎 いん   とら      4時
4 卯 ぼう   う(さぎ)   6時  東
5 辰 しん   たつ      8時
6 巳 し    み〈へび〉  10時
7 午 ご    うま     12時     南
8 未 び    ひつじ    14時
9 申 しん   さる     16時
10 酉 ゆう   とり      18時     西
11 戌 じゅつ  いぬ      20時
12 亥 がい   い(のしし)  22時

たとえば,
壬申(じんしん)の乱とは,壬申(みずのえ・さる)の年,672年に起こった大友皇子(弘文天皇)に対する弟の大海人皇子(天武天皇)の反乱です。

大正13年(1924)甲子(きのえ・ね)の年,兵庫県西宮市に大きな野球場が建てられました。甲子園と名付けられました。

時間は2時間を1刻として,たとえば丑三つとは丑の刻を4分割した3番目なので,2時半ころの深夜になります。

また,方位は南東なら辰巳(たつ・み)になりの字も当てられます。
北西なら戌亥(いぬ・い)になり,の字も当てられます。

とろこで,年齢を表す語はいろいろあり,その一つは孔子(BC551-479)が論語の為政篇で言っています。

吾十有五にして学に志す。
三十にして立つ。「而立(じりつ)」
四十にして惑はず。「不惑
五十にして天命を知る。「知命
六十にして耳順ふ。「耳順
七十にして心の欲する所に従いて、矩(のり)を踰(こ)えず。

また,日本には長寿を祝う習慣があり,本来は数え年ですが,現在では満年齢で祝うことが多くなっています。

還暦 61歳(満60歳) 干支が60年で一周し,元へ戻ることから。祝色は
古希 70歳  杜甫の詩「曲江」の一節「人生七十古来稀なり」。祝色は
喜寿 77歳  「喜」の草書体が七を重ねた形に見える。祝色は
傘寿 80歳  「傘」の略字が九十の形。祝色は(金茶)
米寿 88歳  「米」を分解すると,八十八。祝色は(金茶)
卒寿 90歳  「卒」の略字が九十。祝色は白
白寿 99歳  百から一を引くと「白」になる。祝色は白
紀寿 100歳  100年が一世紀とうことから。祝色は白
茶寿 108歳  草冠は「十十」と八十八を加えて108
皇寿 111歳  皇は白と王にわけ,白は99,王は十と二で合わせて111
大還暦 120歳 還暦を二周
天寿 250歳

最後の方になると在り得ない年齢となるので,名称だけ存在します。

ちなみに,2016.7.28,厚生労働省の発表によると,日本人の女性の平均寿命は87.05歳,男性は80.79歳で,70歳は現代ではもはや稀ではなく,米寿や傘寿が日本人の平均になっています。

最近,有名人の訃報が続きました。

2016.7.7,永六輔(1933)さん死去,放送作家・作詞家・タレント,晩年はパーキンソン病と闘いながら,ラジオ番組を続けました。若い頃の「上を向いて歩こう」(1961,中村八大・曲),「見上げてごらん夜の星を」(1963,いずみたく,曲)などの作詞で有名です。角刈り頭と長い顔が特徴でした。

今回は,1960年に初演されたミュージカル「見上げてごらん夜の星を」の劇中主題歌にしましょう。

2016.5.18,ザ・ピーナッツの妹・伊藤ユミ(1941,本名・月子)さん死去,エミさんは向かって右に立ち,メロディを歌ってていました,愛知県出身の双子デュオ,姉・エミ(本名・日出代)さんが沢田研二と結婚のため引退,活動期間1959-75,エミさんは2012.6.15に亡くなりました。

歌は,デビュー曲の「可愛い花」(Petite Fleur)にしましょう。
作詞:音羽たかし
作曲:シドニー・ペリエ(アメリカ人)
編曲:宮川泰

ザ・ピーナッツの活動期間は16年,まだ34歳でした。せめて50歳まで続けても,倍は活躍できました,惜しいことです。

暑い夏に突入しました。熱中症に注意しなければなりません。
最近エアコンのない家庭は減りましたが,問題は使い方です。
寝ている間中,高温(28℃くらい?)に設定にして夜通し点けている方が多いように思いますが,これは健康に良くないです。
起きたらのどがいがらっぽい,という人がいますが,これは風邪の初期症状です。

むしろ寝る前の数時間,低温(24℃くらい)に設定して,部屋を冷やして置き,寝る直前にエアコンを切るのが良いと思います。

最も良くないのは,暑くなったらかといって,夜中に点けるやり方です。汗をかいているときに冷やせば間違いなく夏風邪にかかります。

もう一つの注意点は,エアコンの設定温度と実際の室温にはかなり違いがあるということを,認識しておいてください。
エアコンと居住者との相対的位置関係,エアコンの経年劣化などによって違いがでてきます。

便利な器具のエアコンをうまく使いこなして,元気に秋をお迎えください。

言葉の力

言葉によって意思を伝える,ということはとても大事なことなんですが,実際,これがなかなか難しいのです。

発言者の表現力と,受け取り手の理解力に差異があって,十分に伝わらないことも多いんです。

これが教師や指導者の場合,発信者の言語表現能力が不足していると,思うように伝わらなくて,「言ってもわからない者には,力でわからせる」と,自分の能力不足を棚に上げて,腕力(暴力)を振るうことが,これまで多々ありました。
一見,その場が治まったように見えても,暴力を振るわれた被害者にとって,恨みが潜在して後々までも残ります。
このような単純な発想の人たちは明らかに指導者失格で,真剣に取り組んでいる誠実な指導者の足を引っ張っています。

言葉による発信力を最も必要とされる仕事の一つが,政治家でしょうか。

2016.5.27,オバマ米大統領は広島の平和記念公園で17分間にわたりスピーチを行いました。
ゆっくりとした明瞭な発音で,原稿もなしで,話しかけるような態度で,中学生でも分るような英語でした。
これが政治家のいわゆる「記憶に残る演説」か,と思いました。
大統領側近の副補佐官は,オバマ氏は演説直前まで推敲(すいこう)を重ねていたと証言しています。
彼の訪問の主たる目的は,追悼・慰霊よりも,歴史に「核時代放棄」を宣言することだったのです。

このスピーチに続いて,安倍首相も所感を述べましたが,ライターの差もあって,国際社会に訴える点で弱いと感じました。

ここで保阪氏(6.11「毎日新聞」保阪正康の記事から)は,オバマのスピーチに対抗しうる,原稿なしで被爆国の悲しみと怒りを国際社会に伝え,そして核廃絶を訴えうる指導者は誰だろうか,と考えました。

戦後,首相の座にあったのは33人でした。オバマ大統領に対抗して,詩人や哲学者・宗教家・政治家などあらゆる能力を駆使して即興で所感を述べられるのは,吉田茂,石橋湛山,大平正芳,細川護熙,福田赳夫,小泉純一郎などではなかろうか,と述べています。

現在,参議院選挙の真っただ中です。自公連立政権は2/3の議席を確保し憲法改正を現実化しよとしていますが,選挙演説では自公のどの候補者も争点として「憲法改正」を公言していません。

これは,まったく選挙民を誤魔化す不誠実なやり方ではないでしょうか。

自民党の憲法改正草案のなかでも「9条」とともに,多くの賢人たちから問題視されているのが,「緊急事態条項」です。
これは,大災害や有事の際に国に強力な権限を与えるもので,かつてヒトラーワイマール憲法を無力化して独裁化したやり方に匹敵する,使い方のよって非常に危険なことが起こり得る恐ろしい条項です。

ご存知のように,英国で国民投票によってEU離脱が決まりました。
驚いたことに,現在,英国でのネット検索ワードの1位2位が「EU離脱で何が変わるの?」「EUってなに?」なんだそうなんです。
投票した人たちは,そんなこともよく知らないで,熱く舞い上がって,よくわからないまま,乗せられて投票した,ということです。

今回から,18歳から選挙権が与えられるようになりました。
将来のことをよくよく考えて投票しましょう。

ところで,今,ア・カペラ(a cappella)が熱いですね。
本来はイタリア語で「礼拝堂風に」という意味で,ルネサンス時代の教会合唱の様式で,無伴奏の合唱の様式でした。

1960年代に,スウィングル・シンガーズという男女8名のグループが,クラシックの名曲を歌詞なしで声だけの無伴奏演奏で,一世を風靡しました。

ポピュラー音楽では,ジャズでルイ・アームストロングが歌詞を忘れて即興で「ダバディダ…」とやって,スキャット(scat)が生まれたといいますが,1980年代に,マイク使用を前提に,声でパーカッション効果を出したりして,演奏に厚みを加えて流行ってきました。

以前は,グリー(glee)というのは,無伴奏の男声合唱を指し,大学のサークルで「グリー・クラブ」と名のる男声合唱団が質の高い演奏をして全盛の時代もありましたが,どうも,現在は,「アカペラ」グループにその座を奪われているような状況です。

それで,今回紹介するのは,Little Glee Monstor(リトル・グリー・モンスター)という女子高校生の6人組(大阪3,北海道1,山梨1,静岡1)です。2013年結成の若いグループですが,日本の女性ボーカルもここまで来たか,の感慨があります。

若い力は音楽だけにとどまりません。

2016.6.10,世界最高峰の一つ,英ロイヤルバレエ団は,平野亮一(32),高田茜(26)さんの二人がそろって最高位のプリンシパル(principal)に昇格した,と発表しました。日本人では吉田都,熊川哲也さん以来となります。

ちなみに,世界三大バレエ団とは

フランス オペラ座バレエ
ロシア  ボリショイ・バレエ
イギリス ロイヤル・バレエ

バレエは,ルイ14世(1638-1715)の時代に完成したといわれ,バレエ用語は世界共通で,ロシアでもイギリスでも,フランス語です。自らも「太陽王」と名のり,舞台に立ちました。ベルサイユ宮殿もこの時代に建てられ,文芸で黄金時代を現出しましたが,経済は疲弊し,その影響で,2代後のルイ16世のときに,フランス革命(1789)が勃発します。

さらに,2016.5.18,世界で最も権威のあるバレエ・ダンス賞の一つ,ブノワ舞踊賞をオニール八菜(23)さんが受賞しました。
現在,彼女はオペラ座のプルミエ・ダンスーズ(第1舞踏家)で,最高位のエトワール(「星」の意)の一歩手前です。
八菜さんはニュージーランド人との混血ですが,古い言葉で言えば「和魂洋才」で,大和撫子の繊細で優雅な心を世界で表現してもらいたいものです。

現在,梅雨の季節です。これが明ければ暑い夏が待っています。この厳しい季節,熱中症に気を付けて,暑さをしのぎ,食事に気を付けて,元気に乗り切ってください。

名前の由来

ふたたび,NHK連続テレビ小説(朝ドラ)「とと姉ちゃん」で,名前の由来を百人一首から付けられたという話がありました。

長女の常子は,

世の中は 常にもがもな 渚漕ぐ 海人の小舟の 綱手かなしも
鎌倉右大臣(源実朝)

〈世は無常,常に変わるというけれど ああ どうか いつも変わらずにあってほしい。渚こぐ海人の小舟が 今日は曳綱で曳かれてゆく 天空と海のあわいに ぽつんと小さな人間の生の営み しぶきに濡れ 張ってはたゆむ曳綱のさま 海人のかけ声 この世は美しい 愛すべきものでみちみちている〉(田辺聖子・訳,以降も同)

母親(かか)の君子は,

君がため 春の野に出でて 若菜つむ 我が衣手に 雪はふりつつ
光孝天皇

〈あなたにと思って まだ寒い早春の野に 私は出て やっと生いそめた 緑の若菜を摘みました。その私の袖に 雪がちらちら〉

この歌だと思っていたのですが,じつは次の歌からだったのでした。

君がため 惜しからざりし 命さへ ながくもがなと 思ひけるかな
藤原義孝

〈君への思いが実を結んで もし愛し愛される仲になるならば この命を捨ててもいい 死んでも惜しくはない そう思っていたんだ。しかし本当にそうなったら 気持ちは変わった。ぼくは生きたい 長く長く生きて いつまでも君と愛し合いたい そう思うようになったんだ〉

純情な恋の歌です。21歳で夭折(ようせつ)した美青年貴族の歌です。

この由来を聞いて,君子は母(祖母)滝子の自分への深い思いを知ることになるのでした。

百人一首からの命名は,タカラジェンヌ(宝塚歌劇団の女優)には昔からよくありました。たとえば,

天津乙女(1901-80)
天つ風 雲のかよひ路 吹きとぢよ をとめの姿 しばしとどめむ
僧正遍昭(へんじょう)

瀧川末子(初代:1901-没年不明,2代目:生年不明-1993,3代目:1974- )親・子・孫三代
瀬をはやみ 岩にせかるる 滝川の われても末に あはむとぞ思ふ
崇徳院(すとくいん)

奈良美也子(1907-2000)
いにしへの 奈良の都の 八重桜 けふ九重に にほひぬるかな
伊勢大輔(いせのたいふ)

有馬稲子(1932- )
有馬山 猪名の笹原 風吹けば いでそよ人を 忘れやはする
大弐三位(だいにのさんみ)

崇徳院の歌「せをはやみ~」は有名な落語『崇徳院』にもなっていて,若旦那が一目ぼれした女性(この歌の上の句を書き残す)を熊さんがこの歌を叫びながら必死に探し回るというお話でした。

落語といえば,『千早ふる』というのもあって,
ちはやふる 神代もきかず 竜田川 からくれないに 水くくるとは
在原業平朝臣(ありわらのなりひらあそん)

これはこの歌の意味を聞かれ,相撲取りの竜田川が遊女の千早に振られ,豆腐屋になった竜田川が,落ちぶれた千早に仕返しをする,という知ったかぶりの隠居のホラ話です。

今回は宝塚歌劇が登場したので,この曲にしましょう。
「すみれの花咲く頃」作詞:F.Rotter(訳詩:白井鐵造)
作曲:F.Dölle(1930)

阪急電車・宝塚線の宝塚駅から梅田行の電車が発車するときにこのメロディーが流れます。同じ宝塚駅から西宮に向かう電車(今津線)は「鉄腕アトム」の主題歌が流れます。

ここまでは優雅な和歌のはなしで,これからは深刻な話です。

中国の高官の間で「三代目のブタ」と蔑称で呼ばれているのは,言わずと知れた,北朝鮮の金正恩(キム・ジョンウン)第一書記のことです。中国では,検索禁止ワードになっているそうですが,人の口に戸は立てられません。

お隣の国どころか,ごく身近で「三代目のムチ」と呼ばれている宰相をご存知ですか?「ムチ」は「無知」と「無恥」の両方をかけています。

安倍晋三首相の直系の祖父は父・安倍晋太郎の親である安倍寛(1894-1946)ですが,彼は太平洋戦争中の1942年(昭和17年)の翼賛選挙に,東条英機らの軍閥主義を鋭く批判,無所属・非推薦で出馬するという不利な立場でしたが,最下位ながらも当選を果たしました。議員在職中は東條内閣の退陣要求,戦争反対,戦争終結などを,それこそ命がけで主張しました。
大政党の金権腐敗を糾弾するなど,清廉潔白な人格者として知られ,地元の山口では「大津聖人」,「今松陰(昭和の吉田松陰)」などと呼ばれ人気が高かったといいます。

安倍晋三は,なぜそんな高潔な祖父・安倍寛ではなくて,正反対な外祖父(母方の祖父)のA級戦犯であり,昭和の妖怪とまで称された岸信介(1896-1987)を敬慕するのか,まったく不思議な話です。

そのことは,『週刊ポスト』(小学館)5/22号(野上忠興の記事)に詳しいです。

優秀な父・晋太郎への学歴コンプレックスによる反発から,反骨の政治家だった祖父・寛の存在を拒否し,自分の意識から消し去ってしまったというわけです。晋三は決してコンプレックスを乗り越えたわけではなく,外祖父・岸信介というもっと大きな権威にすがることで,自分のプライドを癒し,肥大化させてきたのです。

そして今,その権威と自己同一化をはかり,「おじいちゃんの悲願達成」という個人的な思い入れのために,集団的自衛権を容認し,安保法制関連法案を閣議決定し,そして憲法改正へと突き進んでいるのです。

もし,反骨の祖父・寛が長命で,岸以上に晋三に影響を与えていたら,まったく違った結果になっていたかもしれない,とあり得ないことを思うのです。

そういえば,源実朝も鎌倉幕府の三代目将軍ですが,実権は母方の北条一族に握られていて,実朝の心は好きな文学の道へ向かうしかなかったのかもしれません。

以前にも紹介した古川柳,

売り家と唐様で書く三代目

現代では世襲は排除されるべきです。特に政治の世界では。

そろそろ梅雨の季節が始まります。
天気予報には注意して,前の予想は変わりますから,できるだけ直前の予報に気を付けて,気候変動に合うように自ら衣服を調整して,健やかにお過ごしください。

使い回し

使い回し」とは

1.工夫してさまざまにつかうこと
2.さんざんに使うこと,酷使すること
3.同じものをくりかえし使うこと

などの意味に使いますが,一般にはあまり良い意味で使わないようです。

しかし,エコロジー(ecology,生態学,環境保護)の観点からは,まだ使えるものを使い回すことは決して間違ってはいません。

でも,最近のNHK連続テレビ小説(通称「朝ドラ」)はちょっと使い回しがひどい状態ですね。

現在放送中の2016前期「とと姉ちゃん」のヒロイン(heroine,女主人公)高畑充希(みつき,1991-)は,2013後期の「ごちそうさん」でヒロイン・の義妹役でした。

ちなみに,現代の欧米では,性差別(gender discrimination)の観点から,女性だけを表す言葉であるヒロインは使わず,男女の区別なくヒーロー(hero)を使うことになっています。

2016後期は「べっぴんさん」に決まりましたが,主人公に抜擢されたのは,民放で「表参道高校合唱部」(2015.7-9)で主演した芳根京子(1997-)です。

2015前期の「まれ」は,2014前期の「花子とアン」で主人公・吉高由里子の妹役・土屋太鳳(たお,1995-)でした。

まあ,適役であればなんでも良いんでしょうが,余りにも短期間に,いまや自社NHKに限らず他局にまで手を伸ばし,評判になった若手女優の使い回しが目立ちます。
このぶんで行くと,好評で終わった前作「あさがきた」で好演した,主人公・波留の娘・千代役の小芝風花(1997-)か,亀助の幼妻になった元女中ふゆ役の清原果耶(2002-)あたりが,次々作あたりで再登場する可能性が高いのではないでしょうか。

さて,現在の放送に戻って,ヒロイン・小橋常子のモデルは,大橋鎭子(しずこ,1920-2013)さんです。
東京の深川で大橋武雄・久子の長女として生まれ,次女・晴子,三女・芳子の三姉妹,父親を早くに亡くし,小学5年生で喪主を努めました。

1948年,雑誌『暮しの手帖』は,花森安治を編集長に,鎭子(社長)さんが創刊しました。広告を一切排除し,衣食住をテーマにした紙面づくりで,独自の商品テストでは,当時めずらしく,実名をあげて結果を公表し,評判をとりました。

花森安治(1911-78)は,神戸市須磨区に生まれ,6人兄弟の長男,旧制松江高校,東大文学部美学美術史学科卒,太平洋戦争に召集され疾病により除隊,その後敗戦まで,大政翼賛会の外郭団体で国策広告に携わり,このことが生涯の反骨精神のもとになっていました。おかっば頭の奇抜な格好も印象的でした。
暮しの手帳』の創刊号から52号(死の直前)まで,表紙画はすべて花森の手によるものです。
朝ドラでは花山伊佐次として唐沢寿明が演じることになっています。

暮しの手帖』の記事の中で今でも鮮明に思い出すのは,まだ日本が貧しく,食料がそれほど潤沢ではなかったころ,「ダイエット(diet)」という言葉があって,アメリカでは重要な社会問題になっているという記事を目にした時でした。アメリカは豊かな国の代名詞で,それが行き過ぎて,国民が過食による肥満で悩んでいるという,なんとも退廃的な記事でした。
メイド・イン・ジャパン」が安物・粗悪品の代名詞だったころの話です。

いまや日本もりっぱ(?)にアメリカの後に続き,ダイエットに狂じる時代となってしまいました。
そして,メイド・イン・ジャパンは  Made in China に後釜を譲り渡しました。

当時の歌にこんなのがありました。

最初(はじめ)の男は 印度に渡る
仏陀の石鉢 天然記念物
ぴかぴか光らず 真黒なので
よくよく見たらば メイド・イン・ジャパン
泣く 泣く かぐや姫
月の出を見て 泣きじゃくる

 

かぐや姫』作詞・作曲:三木鶏郎,歌:河井坊茶(1955.9)「ABCホームソング」の初期の1曲です。
冗談音楽の祖・三木トリローの歌詞も旋律も独特で,河井坊茶の歌も絶妙で,今聴いても新鮮で,決して色褪せていません。

ところで,毎日新聞の夕刊の「憂楽帳」というコラムに,こういう記事(2016.4.26)があったので,再録します。

1936年春の横浜。1人の女が北米航路の船から下り立った。18年ぶりの帰国だ。話を聞こうという記者に,女は逆に尋ねた。1ヵ月余り前の「2・26事件の当時,東京市民はどうしていたか」。
「一旦は驚かされたようだが,平生の通りどこの娯楽場もにぎやか」だったと話す記者に,女は市民の「無関心」の理由を問う。「考えたってしかたがないというあきらめから来ている」という説明に,女は「考えたって仕方がないという時代は暗黒を思わせる」と記す。

大正期の人気作家,田村俊子が帰国後に雑誌へ寄せた随筆の一場面だ。近代最大のクーデター未遂事件への無関心の陰に「暗黒」を見通した俊子は,9年後の敗戦まで予感していたのだろうか。
(後略)

 極めて興味深い記事です。同じような過ちを繰り返さないために,歴史を知ることは大切です。

国境なき記者団」(本部・パリ)による世界の報道の自由度ランキングが発表され,今年2016年,日本はなんと72位でした。
2010,民主党政権下では11位でした。
2015,自民党政権下では61位に落ちました。

この大暴落を黙って見ていてはいけません。それだけ自由度が奪われている,知る権利が侵されている,ということなのです。

4.19,国連人権理事会が任命した特別報告者(表現の自由担当)デビット・ケイ米カリフォルニア大学アーバン校教授が訪日を終え,

「日本の報道機関の独立性が深刻な脅威にされされいる」として放送法特定秘密保護法の改正を求めました。

放送事業者に「政治的公平性」を求めた放送法第4条の規定に,高市早苗総務相が,放送局の電波停止に,繰り返し言及した問題について,「大いに懸念を抱いている,4条を廃止すべきだ」と述べました。
ケイ教授はなんども高市総務相に面会を求めたのに,彼女は拒否し,結局,一度も会いませんでした。

最近,「平和憲法であるワイマール憲法下でなぜナチス独裁が実現したか」という過去に何度も議論された問題をテレビでも放映していました。

それは,第1次大戦後に敗戦国ドイツが賠償問題で大いに苦しんでいた時期に,選挙で国民の不満を吸い上げたナチス党が第1党になり,憲法下で認めていた,危機に際して「緊急命令発布権」を悪用して,絶対権力を掌握したのでした。

安倍政権は憲法改正の争点に,「緊急事態条項」を新設することをもくろんでいます。
これは戦争や内乱,大規模災害などが起こったとき,国家が非常措置を取る権限を定めたものです。国を維持するため,憲法が保障する人権や三権分立を一時的に停止し,「国家緊急権」を条文化するものです。

さきほどのワイマール憲法の「緊急命令発布権」と同様の危険性を感じませんか?

独裁」につながる可能性のある項目を安易に認めては,今後,どのような災難が国民に降りかかってくるか,よくよく考えなければなりません。
取り越し苦労,と安易に構えていては,取り返しのつかないことになりかねません。

80年前,田村俊子さんが危惧したような状況に,再びおちいらないよう,われわれもしっかりと政治の行先を監視して行かなければいけません。

この季節,フランスのことわざに

4月には糸一本も脱いではいけない。
5月になったら好きなように。

というのがあります。確かにヨーヨッパの春は遅いのです。
日本の4月は春本番です。
しかし,天気の良い日と雨の日,あるいは風の強い日では,気温も湿度も体感も違ってきますから,気温変動には十分に気を付けて,それに合った服装で,元気にお過ごしください。

うまず たゆまず

倦(う)むとは「飽きる,嫌になる,退屈する」という意味です。
弛(たゆ)むとは「ゆるむ,おこたる,油断する」という意味です。

ですから,倦まず弛まずとは,飽きることなく緩むことなくコツコツとやること,の意味で使います。

現代は「コスパ」とかいって,効率化ばかりがもてはやされて,地道にコツコツと努力を積み重ねることが,ともすればなおざりにされているような気がします。
ここでコスパとはコスト・パフォーマンスcost performance)の略で「投入する費用に対する成果の割合」のことです。

トーマス・エジソン(1847-1931)は「あなたは発明の天才ですね」と言われて,「私を天才というのなら,天才genius)とは1%の霊感inspiration)と99%の発汗persupirarion)です」と答えた,という伝説めいた話があります。

実際,エジソンは試験体をたくさん用意して,片っ端から実験して,良いものを選び出す,といういわゆる試行錯誤trail and error)を繰り返して,より良いものを選択した,と言われています。

よく知られている白熱電球の発明は,実はジョセフ・スワンという人でしたが,エジソンは京都の竹をフィラメントに使って改良し,電灯の事業化に成功しました。

ノーベル賞級の研究でも,1つの結果が出るには99回の失敗程度では済まない,たくさんの時間と努力を継続した,愚直ともいえる繰り返しの試行が必ずあるのです。

例えば「錬金術」のように成功しなかった研究も,その試行の過程で,硫酸・硝酸・塩酸などの化学薬品の多くが発見され,実験用具も発明され,その成果は現代の化学に引き継がれています。
ここで錬金術とは,化学的手段を用いて卑金属から貴金属(特に金)を精錬する試みのことです。

女子フィギュア・スケートの宮原知子(1998-)さんのようにコーチからも「努力の天才」と呼ばれているような選手はきっと大成するはずです。みんなで応援してあげましょう。

なにごとによらず,倦まず弛まず努力を継続することで,きっと素晴らしい結果が生まれるものです。

よしんば,具体的な成果につながらなかったとしても,努力を継続したという逞しい経験が,その後の人生で宝物になるはずです。

ところで,先日オペラに行ってきました。
出し物はプッチーニの『蝶々夫人』。
歌手もオーケストラも日本人の公演でしたので,安心してみることができました。というのも,スタッフに振付・所作指導という人もいましたから,着物の着付けや所作に違和感が少なかったようです。

しかし,イタリア人のプッチーニは日本を訪れたことはなく,在ミラノ日本総領事夫人から日本の音楽の資料を得て作曲したので,耳馴染の旋律が何カ所も聞くことができますが,しょせん西欧目線の日本観で,違和感は隠せません。
想像の国・日本の明治時代の長崎を舞台に,アメリカの海軍士官・ピンカートンと没落藩士の娘・蝶々さんが出会い,夫婦となり,,そして悲劇的な最後になります。

じつは,オペラには3大失敗と呼ばれるものがあり,

1.ヴェルディの『椿姫』初演1853年
2.ビゼーの『カルメン』初演1875年
3.プッチーニの『蝶々夫人』初演1904年

現代では有名な3作品の初演がことごとく不評でした。

椿姫は,イタリア人のヴェルディが作曲,フランスのパリを舞台に,高級娼婦・ヴィオレッタと青年貴族・アルフレードとの恋の悲劇です。

カルメンは,フランス人のビゼーが作曲,スペインのセビリアを舞台に,自由奔放なジプシー女・カルメン,衛兵伍長・ドン・ホセ,闘牛士・エスカミーリヨの織りなす恋の悲劇です。

ここで,日本を舞台にしているからといって,日本オペラと言わないように,作曲者の国籍や書かれている言語によって,イタリア・オペラやフランス・オペラと呼ばれます。

今回は,『蝶々夫人』の第2幕で,ピンカートンを待ちながら,再会を想像しながら蝶々さんが歌う,余りにも有名な『ある晴れた日に』を聴きましょう。マリア・カラスが歌っています。

ある晴れた日
海の彼方にひとすじの煙が上がるのが見えるでしょう。
やがて船が姿を見せます。
その真っ白い船は港に入り 礼砲を轟かせます。
見える? あの人がいらしたわ!
でも私は迎えには行かないわ。行かないの。
あそこの丘の端に立って待つわ 長い時間。
長い時間待ってもなんともないわ。
すると・・・人々の群れから離れ
小さな点のように見えるひとりの人が
丘に向かって来るわ。

誰でしょう 誰かしら。
どんなふうにして着いたのかしら。
なんと言うでしょう。なんて言うかしら。
遠くから 「蝶々さん」 と呼ぶでしょう。
でも私は返事をしないで 隠れているわ。
それはちょっとはいたずらでもあるし
久しぶりに会うので喜びに死んでしまわないためでもあるのよ。
それであの人は少しばかり心を傷めて呼ぶでしょう。呼ぶわ。
「かわいい妻よ 美女桜の香りよ」
これはあの人が来た時私につけてくれた名前なの。
(スズキに)
すっかりこのとおりになるのよ 約束するわ。
あなたは心配していればいいわ。
私はかたく信じて あの人を待ってます。

やはり,恋愛は誠心誠意,真面目に対応しなければ,こんな悲劇を生むことにもなりかねません。

時は春,桜のシーズンとなりました。
しかし「月に叢雲(むらくも)花に風」のたとえにもあるように,好事にはとかく障害の多いもので,「花冷え」という言葉もあり,夜桜見物ではかなり冷えることもありますので,注意して,この良きシーズンをお楽しみください。

身過ぎ世過ぎ

作家の曽野綾子(1931-)氏が,
産経新聞(1月24日付)のコラム記事で,90代の病人がドクターヘリに救助を要請した話を持ち出し,「利己的とも思える行為」と批判し,「生きる機会や権利は若者に譲って当然だ」「ある年になったら人間は死ぬのだ,という教育を,日本では改めてすべき」と主張しました。さらに,ドクターヘリなどの高度な医療サービスについても「法的に利用者の年齢制限を設けたらいい」と踏み込んで発言しました。

この人,これまでも,「アパルトヘイト容認」などの顰蹙(ひんしゅく)を買うような自説を展開し,たびたび批判の的となって来ました。

本人も84歳という年齢なので,自分の生き方として,そのように覚悟しているというのなら,なんの問題もありませんが,他人にまで押し付けるのは,まったくの不遜極まりない行為で,役に立たなくなった者に費用を使うな,という「姥捨て山」に近い発想で,とても嫌な感じがしました。

また,川崎市の有料老人ホームで,1人の容疑者によって3人の入居者が転落死させられていた事件がありました。この施設,この殺人事件以外にも虐待や窃盗が常習化していたという,なんとも恐ろしい所なのです。

一般論として,介護施設における介護士の仕事が,業務の大変さに比べて,報酬が低すぎる問題がありました。
日本のように高齢社会まっただ中の世で,高齢者の面倒を見るという大切な仕事に,人が集まらないという現象が常態化しているのは残念なことです。

老人を配偶者の老人が介護する,いわゆる「老老介護」や,高齢者を高齢の子供が介護する場合,面倒を見切れずに行き詰って被介護者を殺して介護者も自殺を図る,というような何ともやり切れない事件が後を絶ちません。

これは明らかに政治の貧困で, 早急に,何とかしなければいけない問題です。

世の中,誠にせち辛く,生きにくくなってきました。

身過ぎ」とは,生活をして行くこと,なりわい,生計。
世過ぎ」とは,世渡りをして行くこと,くちすぎ,生活。

身過ぎ世過ぎの是非もなく」,わずかばかりの生活費のために働かなくてはならない人たちもたくさんいるのです。

是非に及ばず」とは,本能寺で明智光秀勢に囲まれて,織田信長が最後に言ったとされている言葉です。
死が迫っていて,良いとか悪いとか言ってる場合じゃない,ですものね。

堀口大學処女詩集月光とピエロ』(1919)でフランスの詩人・アポリネールの死を悼み,その一節を清水脩は『秋のピエロ』として作曲,第1回全日本合唱コンクール(1948)の課題曲となりました。翌年,男声合唱組曲月光とピエロ』として発表され,男声合唱曲の原点となっています。

秋のピエロ』堀口大学・作詞 清水脩・作曲(1948)

泣き笑いして 我がピエロ
秋じゃ 秋じゃ と歌ふなり
O(オー)の形の口をして
秋じゃ 秋じゃ と歌ふなり

月のようなる おしろいの
顔が涙を ながすなり
身過ぎ世過ぎの ぜひもなく
おどけたれども 我がピエロ

秋はしみじみ 身にしみて
真実 涙を 流すなり

 堀口大学(1892-1981)東京市本郷区に生まれ,新潟県長岡町で育つ,慶應義塾大学中退,詩人・歌人・フランス文学者。代表作は,『月光とピエロ』,『パンの笛』(歌集),『月下の一群』(訳詩集)など。

清水脩(1911-1986)大阪市天王寺区出身,大阪外国語学校(大阪外国語大学の前身,現大阪大学外国語学部)フランス語科卒,東京音楽学校(現東京藝術大学)選科に入学,橋本國彦に作曲を学ぶ,日本の作曲家,日本合唱連盟の設立,元カワイ楽譜社長。代表作は,オペラ『修善寺物語』,男声合唱組曲『月光とピエロ』など多数。

もちろん,イタリア・オペラにも似た題材があります。
それは,レオンカヴァッロ道化師』(原題:I Pagliacci,イ・パリアッチ)(1892)です。
判事だった父が裁判を担当した実在の事件をヒントに作曲したといわれています。

あらすじは,祭日に待ち焦がれた旅回りの一座がやってきます。
座長のトニオの若い妻ネッダは,村の青年シルヴィオと相思相愛の仲になっており,それを知ったトニオは道化師役の舞台で,芝居と現実との見境が分らなくなって,ネッダを刺殺し,情夫シルヴィオも殺し,「芝居は終った」とつぶやいて、幕となります。

最後にトニオが『衣装をつけろ』を切々と歌います。

芝居をするか!逆上しているこの最中に
俺は何を言っているのか
何をしているのか自分でもわからない!
それでもやらにゃあいかんのか 我慢してやるんだ!
ああ、それでもお前は人間か?
お前は道化師なんだ!

衣装をつけろ
白粉をぬれ。
お客様はここに金を払って笑いに来るんだ。
もしアレッキーノがコロンビーヌを盗んでいっても
笑うんだ道化師よ それでお客様は拍手喝采さ!
苦悩と涙をおどけに変えて
苦しみと嗚咽を作り笑いに変えてしまうんだ。

ああ! 笑うんだ道化師よ
お前の愛の終焉に!
笑え お前の心に毒を注ぎ込むその苦悩を!

 どちらも,胸のなかを秋風が吹き抜けるような,切ない内容で,この初春の季節にはふさわしくなかったかもしれませんが,現在の世の中を冷静に眺めていると,悲観的にならざるを得ません。

せめていろいろな問題点を忘れないようにして,少しでもよい方に向かうように地道に生きて行くしかありません。

この季節,三寒四温を持ち出すまでもなく,今年の気温変動は誠に激しく,少しでも気候にふさわしくない衣装を選択すると,ひどい目にあいます。直前の天気予報を注意深く聴いて,健やかにお過ごしください。

季節・気候と衣・食・住と歌にかかわって発信します