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旬な歌と歌手

いま
ディズニー映画「アナと雪の女王」が大ヒットらしいのです。
原案はアンデルセンの童話「雪の女王」らしいのですが,内容は全く原作とは異なっています。

その主題歌「Let It Go」のサウンドトラック盤(映画上映で同時に流れる音楽)が,最近のオリコン(オリジナルコンフィデンスの略,社名)週間アルバムランキングで1位を獲得しました。

さらに
日本版主題歌「レット・イット・ゴー~ありのままで~」も評判で,松たか子とMay J. が競っていて,どちらがいいかとか,今年のNHK紅白歌合戦(略称・紅白)に出演が当確だとか,いろいろとかまびすしいのです。

なぜ同じ歌を同時に2人が歌うのか,ですが
松たか子はアナの姉エルサ役の吹替えで,劇中でこれを歌い,May J. は,エンドロール(終了時に出演者・スタッフ名などが長々と流れるシーン)で歌っています。
原版のアメリカでも,同じように2人の歌手が競っています。

ご存知のように
松たか子(36)は歌舞伎役者・松本幸四郎の娘ですが,その歌は小田和正も認める実力派で,親父さんとは比較になりません。
彼女の歌う「ありのままで」を聴きましたが,とても素直に歌っています。
好感が待てました。

いっぽう
May J. (本名:橋本 芽生,25)はハーフですが,当初なかなか売れず,テレビ朝日「関ジャニ仕分けエイト」に出演し,カラオケ対決で,2年間無敗の26連勝を続けて名をあげました。
ところが最近,オーストラリア出身のサラ・オレイン(この人もハーフ)と,この歌「Let It Go」で対決して初めて敗れる,という皮肉な結果になりました。

このサラ・オレイン(27)という人,正式な音楽教育を受けており,ヴァイオリン奏者・作曲家でもあり,このようなポピュラーな番組に出るのはいささか畑違いな感がしました。

歌手も
クラシック畑の人は声楽家と呼ばれます。
歌の基本は,まず声を低温から高音まで美しく発声することを主眼とし,音程・リズムは楽譜に従うことが前提で,その先にどう表現するかが来ます。
ポピュラー歌手は,発声が少々変わっていてもそれは個性ととらえ,音程やリズムが少々ずれていても,それ以上に感情が先にくる感があって,そのへんが声楽家と呼ばれる人たちと違うところです。
よく 「気持ちを前面にだして一生懸命歌いました」という人がいますが,あとさきが逆のような気がします。

しかし
声楽家の人でも,音程の悪い人はいます。
「お墓のまえで,たくさん風が吹いて,泣かないでー」とか歌う声楽家,名前は失念しましたが,はっきり言って音程が良くないです。
2006年,私が海外に赴任していたとき,暮れの紅白で,はじめてこの歌を聞いたとき,これでは流行らないであろう,と予測したのですが,その後の展開は意外でしたね。
この歌は,作曲者自身が歌っているものの方が,私はよっぽど良いと思っています。

ところで
昭和の歌姫と呼ばれた美空ひばり(1937-1989)ですが,「悲しい酒」(作詞:石本美由紀,作曲:古賀政男)の歌唱では,速度を限界まで遅くし,しかも最後は泣きながら歌うという曲芸じみたことをやりました。
元夫の小林旭は,泣きながらも音程を外さずに歌うのがすごい,とおかしなほめ方をしておりました。

とうとつですが
能(当時は「猿楽」,明治以降に「能」と呼ぶ)を父・観阿弥とともに大成した世阿弥(1363?-1443?)ですが,多くの著作を残しております。
その一つ『花鏡』のなかに,とても興味深い言葉があります。
それは「離見(りけん)の見」です。
「自分が演じている舞台を,観客の目でみること」の必要性を言っています。
決して独りよがりになってはいけない,熱くなりすぎてもいけない,頭の中にいつも冷静な自分を存在させて,観客からどう見えているか,を感じながら演じることが大切だ,ということでしょうか。
これは舞台に立つ全てのプレイヤーに共通する心構えではないでしょうか。

最後に
私のもっとも好きな歌手の一人,20世紀最高のバリトンと呼ばれたディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ(1925.5.25-2012.5.18)が歌う「冬の旅」(シューベルト作曲)の最後の歌「ライエルマン(辻音楽師)」を紹介します。

道ばたに立てる ライエルマン
凍えし指もて 弾けり
素足もて よろめきつつ
小さき皿に なにもなし

そおば きく者だになく
ただ犬のみ ほえかかる
されど 彼はうち捨て
たて琴おば 弾き続く

おお 不思議なる
かの人よ
われも行かん
ともどもに

この歌を確かに生で聴きました。
ピアノ伴奏は指揮者のヴォルフガング・サヴァリッシュ(1923-2013)でした。
2,700席の大ホールでたった二人で演奏しました。
感動しました。

日本人スポーツ選手

テニスの錦織圭(にしこり・けい,24)が
スペインのマドリード・オープンでベスト4(4強)に残り,界ランキング10位以内を確定させました。
ほかの外国人選手と比べて,きわだって小柄に見える錦織選手の活躍は,快挙と言っていいでしょう。

現在の年間のランキングポイント制になってからの日本人選手では
1995年・伊達公子(25)4位
2004年・杉山愛(28)8位
があります。

しかし
もっともっと以前に世界で活躍した日本人選手がいたのをご存知ですか?
それは佐藤次郎(1908.1.5-1934.4.5)選手です。
グランドスラム大会(4大大会,全豪・全仏・全英・全米)に3回ベスト4に残っています。
1933年には世界3位にランキング(ただし,現在のようなポイント制ではなく,評論家ウォリス・マイヤーズが選定)されました。
しかし
この当時の日本では,個人戦よりも団体戦のデビスカップの方が優先される時代でした。
責任感の人一倍強かった佐藤は,逆にそのプレッシャーの過大さゆえにデ杯では好成績を残せず,まわりから非難されました。

そしてついに
1934年4月5日,ヨーロッパ遠征からの帰途,マレーシアのマラッカ海峡にて「箱根丸」から投身自殺をしたのでした。

この悲劇の系図は
1964年・東京オリンピッに引き継がれるのです。
マラソンの円谷幸吉自衛隊員,1940.5.13-1968.1.9)は堂々の3位・銅メダルを獲得しました。
しかし,ゴールの国立競技場に2位で入って来たのに,イギリスのヒートリーに直前で抜かれたのが,かなり悔しかったようです。
当然のこと,つぎにメキシコでは「金メダル」を,と期待されました。
ですが,ついに
「幸吉は、もうすっかり疲れ切ってしまって走れません」という遺書を残して,自殺しました。

ところで
1936年・ベルリンオリンピックの200m平泳ぎで,前畑秀子(1914.5.20-1995.2.24)がドイツ選手とデッドヒートする際に,NHKアナウンサー河西三省がラジオ中継で
前畑がんばれ!」を絶叫して連呼したのが話題になりました。

ナチス独裁下のベルリンで,前畑選手は見事金メダルに輝きました。
めでたし,めでたし。
でも
最近の放送は,実況ではなくて既に応援放送になってしまっていますから,むしろ元テニス選手の「熱い男」が登場したりすると,逆にこちらが興ざめで「冷えて」しまって放送を変えたりしてしまいます。

いっぽう
1948年・ロンドンオリンピックには敗戦国の日本は出場できませんでした。
オリンピック水泳の決勝と日本選手権を同日に開き,古橋広之進(1928.9.16-2009.8.2)は400mと1500m自由形で,金メダリストの記録と当時の世界記録のどちらをも上回りました。
しかし
つぎの1952年・ヘルシンキオリンピックに出場しますが,選手としてのピークを過ぎていたことと,アメーバ赤痢に罹患して発病しており,本番の400m自由形では8位に終わりました。
そのとき
NHKの飯田次男アナウンサーは
「日本の皆さん、どうか古橋を責めないでやって下さい。古橋の活躍なくして戦後の日本の発展は有り得なかったのであります。古橋に有難うを言ってあげて下さい」
と日本に向けて放送したのでした。

さいきん
明治天皇の玄孫(孫の孫,やしゃご)とかいう人が,オリンピック選手に対して
「メダルをかむ行為はするな」
「国歌が流れる際には聴くのではなくて歌え,直立不動で」
「思い出になったとか,楽しかったとかはありえない」
のような発言をしていますが,前述のような過去の歴史を踏まえて仰っているのでしょうか。
天皇家につながるような人が,一般国民の自由な行動にイチャモンを付けるのは,それこそふさわしくない行為だと思います。

私としては
河西さんの熱い応援よりも飯田さんの思いやりのある表現の方に好感がもてます。

現在も日本選手が世界で大活躍しています。
米・大リーグで
レンジャーズのダルビッシュ有(27)は2度目の9回2死までノーヒットでした。
ヤンキースの田中将大(25)は開幕から無傷の5連勝です。
田中の試合時の修正能力はすばらしく見事で,実際の脳の働きは若妻ともども不明ですが,野球脳が優れていることだけは疑いもないようです。

スポーツは楽しむものです。
阿波踊りの文句に「踊るアホウに 見るアホウ 同じアホなら 踊らにゃなソンソン」とあるように
スポーツも見るより,やる方が数倍楽しいです。
この新緑の季節はスポーツにも最適です。
紫外線に気を付けて大いに楽しみましょう。

季節と花と歌と

この季節の代表的な歌
「夏は来ぬ」作詞:佐々木信綱 作曲:小山作之助

うの花の匂う垣根に 時鳥(ほととぎす)
早も来鳴きて 忍音(しのびね)もらす
夏は来ぬ

さみだれのそそぐ山田に 早乙女(さおとめ)が
裳裾(もすそ)ぬらして 玉苗ううる
夏は来ぬ

この歌はつぎのYouTubeで聴けます。

じつは
この歌には,現代人には不審に思う点がいくつかあります。

まず
「卯の花」は4月の花です。
というのも
4月のことを陰暦では「卯月(うづき)」,「卯の花月」と言ったのです。

それから
題名にもなっている『夏は〈来ぬ〉』は〈きぬ〉で,決して〈こぬ〉とは読みません。
つまり,夏は来た(完了形)のであって,夏は来ない(否定形)のではないことを確認しておいてくださいね。

また
「さみだれ」は「五月雨」と書いて,これは「梅雨(つゆ)」のことです。
ここで,五月雨を歌った俳句を3句。

五月雨を あつめて早し 最上川  松尾芭蕉(1644-1694)
五月雨や 大河を前に 家二軒   与謝蕪村(1716-1783)
五月雨や 上野の山も 見飽きたり 正岡子規(1867-1902)

不審がいっぱいですね。
4月に夏が来て,梅雨になるんですか?

これは
実際の季節感と陰暦での季節の区分が違うことが原因の一つです。
一般の慣例的な季節感では,春は3,4,5月ですが,陰暦では1,2,3月です。
年賀状に「賀春」,「初春」と書いたりするでしょう。
ですから
陰暦の夏は4,5,6月なんです。
大相撲の五月場所を夏場所というのも同じ理由です。

さらに
陰暦では1か月の日数が少ないため,閏(うるう)月を作ったりして調整する必要があるのです。
ですから1か月ぐらい実際(太陽暦)とずれることがよくあることです。
たとえば
東大寺二月堂のお水取りは,現在は3月ですが,以前は2月でした。
二月堂の名の由来は2月にその行事を行ったからなのですから。

ところで
この季節の花としてツツジ,少し小ぶりなサツキツツジがあります。
文字通りの5月の花です。

tutuji

じつは
ツツジはわが町「池田市」の市花で,市立文化会館の大ホールは通称「アゼリア・ホール」と呼ばれていますが
アゼリア(azalea)とはツツジのことです。

ツツジが満開になると,いよいよ夏が来る,と夏の暑さを予感させる花です。

ノーベル賞

アルフレッド・B・ノーベル(1833.10.21-1896.12.10)は,不安定なニトログリセリンを扱いやすくしたダイナマイトを発明し,巨額の富を得ました。

いまでも,ダイナマイトは強力なものの代名詞として
阪神タイガースはダイナマイト打線で,小林旭はマイト・ガイと呼ばれました。

ノーベルは,『死の商人』としての悪名を払拭すべく,「換金可能な財は,安全な有価証券に投資し継続される基金を設立し,その毎年の利子について,前年に人類のために最大たる貢献をした人々に分配されるものとする」という旨の遺言状を残しました。
それがノーベル賞です。
第1回は1901年から始まっています。
現在は,物理学,化学,医学生理学,文学,平和,経済学の6部門です。

日本のこれまでの受賞者は18人で
物理学6人,化学7人,医学生理学2人,文学2人,平和1人です。

最初は1949年の湯川秀樹博士の物理学賞で「中間子の存在の予想」が受賞理由でした。
第2次世界大戦直後の受賞で,古橋広之進選手の「フジヤマのトビウオ」とともに,落ち込んでいた日本人に勇気を与えました。
後日,湯川博士はアインシュタインオッペンハイマー(原爆の父)から大いなる祝福を受けましたが,彼らは広島・長崎の贖罪のつもりだったのでしょう。

ノーベル賞の候補者になるためには,しかるべき推薦者が必要なのです。
たとえば,川端康成は,同時期に文学賞受賞をとりざたされていた三島由紀夫に推薦文を依頼しました。
後輩である三島は,どういう心境であったのか,推測するすべもありませんが,おそらくは複雑な気持ちで,推薦文をしたためたことと思われます。

もともと
賞というものは,誰かが決めるものですから,それが本当にふさわしいかどうか?について,常に疑問符が付きます。

たとえば
佐藤栄作は,1974年に平和賞を受賞しましたが
その受賞理由は「非核三原則の提唱」ということになっています。
いわゆる「核兵器をもたず,つくらず,もちこませず」というものですが,実際,米の原潜が寄港するときに,核で自らを武装するのは常識のことでした。
最近になって,選考したノルウェー・ノーベル委員会は,授与は適正でなかった,というコメントを発表しています。

ことしは興味深いものがノーベル賞の候補になっています。
戦争放棄をうたう憲法9条を保持し続けてきた「日本国民」が,今年のノーベル平和賞候補にエントリされました。
きっかけは神奈川県の主婦(37)が「9条に平和賞を」とノーベル委員会に訴えつづけてきた結果です。

第2次世界大戦で,日本では軍人・民間人を含めて310万の人々が亡くなりました。
310万の命と引換えに獲得した世界に類をみない平和憲法を大切にしようとする動きは,静かですが,力強いです。

ところが
現政府は,集団的自衛権(直接に攻撃を受けている他国を援助し,これと共同で武力攻撃する権利)を,憲法改正という正式な過程を経ずに,勝手に獲得しようとしています。
せっかく誇り高く,不戦を誓った,戦争をしない特別の国であった日本が,軍事力を行使するような,ただの普通の国に成り下がろうとしています。

5月3日は憲法記念日です。
1947年5月3日に日本国憲法が施行されたことを記念して,翌年,祝日法によって制定されました。

もし,先の平和賞が日本国民にもたらされたら,さぞや楽しいことでしょうね。
期待せずに,待ちましょう。

お茶はなに色

5月2日は立春(2月3日)から数えて88日目,いわゆる八十八夜で,この日に摘んだ茶は上等なものとされ,この日にお茶を飲むと長生きするともいわれています。

茶摘」文部省唱歌(作詞・作曲は不詳)

夏も近づく 八十八夜
野にも山にも 若葉が茂る
あれに見えるは 茶摘みじゃないか
あかねだすきに 菅(すげ)の笠

日和(ひより)つづきの 今日此頃を
心のどかに 摘みつつ歌う
摘めよ摘め摘め 摘まねばならぬ
摘まにゃ日本の 茶にならぬ

この歌はつぎのYouTubeで聴けます。


ところで
お茶はなに色?
と問われると,ふつう「緑色」と答えますよね。
日本人ならお茶は「茶色」とは言いません。
なぜでしょう?

お茶の歴史は
最澄(767-822)や空海(774-835)らが留学中の唐から茶を持ち帰りましたが,薬用や儀式に用いられるだけで普及はしませんでした。
臨済宗の開祖・栄西(1141-1215)は 宋から抹茶系の製茶法,抹茶式のお茶のたて方を初めてわが国へもたらしました。

そして
緑茶(日本茶)は もともとは中国茶のように「茶色」でしたが 摘み取った茶葉を加熱処理して発酵を妨げ,「緑色」をとどめました。
おかげで
カテキン(渋み成分)血中コレステロールの低下,抗酸化作用
カフェイン(苦み成分)覚醒作用
テアニン(旨み成分)リラックス効果
その他,ビタミン類・サポニンなど多彩です。

風薫る5月,新茶でなくても,緑茶の効用を再確認して,おいしく飲みましょう。

コイの季節

恋の季節は「わっすれられないのー」ですが,鯉の季節は「こどもの日」です。
いくつもあるなかで,いちばん勇壮なのは
「鯉のぼり」作詞は不詳 作曲:弘田龍太郎(文部省唱歌)

甍(いらか)の波と 雲の波
重なる波の 中空を
橘(たちばな)かおる 朝風に
高く泳ぐや 鯉のぼり

開ける広き 其の口に
舟をも吞(の)まん 様見えて
ゆたかに振う 尾鰭(おひれ)には
物に動ぜぬ 姿あり

つぎのYouTubeで聴けます。

つぎのコイの季節は
広島東洋カープはいったいどうしたんですか
今年は強すぎですね!
現在(5月1日時点)でセ・リーグの堂々トップです。
なにしろ前健を筆頭に先発投手陣が素晴らしいところに,4番のエルドレッドという外人が打率もホームランもすごい。
例年,開幕後に好調でも,なぜか5月以降急に低迷し,「鯉のぼり」をしまい込むと「カープの季節」は終了,などと散々に言われていました。
このまま突っ走るのでしょうか?

でも
2位の阪神タイガースも良いんじゃないですか。
投手陣は明らかに広島より数段落ちますが,打撃はそれ以上ですよ。
その中心が新4番ゴメス。
開幕前までは,オープン戦に全く良いところがなくて,「打てなくて,ゴメんス」」という自虐派の虎ファンがダジャレを言うはずの予測を,良い方に裏切ってくれました。

ところが
お金をかけて補強しているはずの東の方のチームはなかなか浮上せず

江戸っ子は
皐月(さつき)の鯉の吹流し
口先ばかりで
腸(はらわた)は無し

という狂歌のように,老害代表の爺さんがいくら吠えてみても,このざまではねェ。

五月は新緑のよい季節です。
紫外線には気を付けて,屋外でスポーツを楽しみましょう。

吉田けんこうの言いのこし

つぎのような文章は,ほとんどの日本人なら目にしたことがあるでしょう。

 春はあけぼの
 やうやうしろくなり行く 山ぎはすこしあかりて
 むらさきだちたる雲の ほそくたなびきたる

平安時代の作家・歌人の清少納言(966頃-1025頃)による枕草子の書きだしです。

 家の作様(つくりやう)は 夏を主(むね)とすべし
 冬はいかなるところも住まる
 暑きころ悪(わろ)き住居(すまい)堪えがたきことなり

これは鎌倉末期の歌人・吉田兼好(1283-1352)の徒然草の第55段の一節です。

日本の三大随筆の二つをわざわざ紹介したのは,高校時代の古文の嫌な時間を思い出させるためではありません。

文人の清少納言が「春はあけぼの(夜明けの空が明るんできた頃)が良い」というのは,あくまで個人的な見解・嗜好として聞き流せますが,兼好法師のように「家は夏向きに作らねばならない」と断定されると,理系の人間としては,いささか引っかかるところであります。

そもそも
「夏に涼しく過ごせる住居」というのは可能なのでしょうか。
もちろん,これはエアコンなどの機械やエネルギを使うことなしに,という前提です。

まず
夏の暑さの最大の原因は強烈な太陽日射ですから,それを断熱性のある屋根でさえぎることです。
屋根に太陽電池パネルや太陽熱温水器を置くと,太陽エネルギを遮る効果とそのエネルギを有効に利用できるという2つの効果が引き出せます。

つぎに
窓からの日射除けには,庇を深くしたり,外側をヨシズやスダレで覆ったりして,日射を直接居室に入れないようにする工夫が必要です。
とくに西側の窓には効果的です。

そして
涼しく過ごすためには,外気を利用した換気や通風によって室温を低くすることです。
しかし
昼間の気温はすでに高温ですから,夜間の比較的低い気温の空気を利用しなければならないので,そこが難しいところです。
本当は,窓を開けっぱなしにして,夜の外気を室内に取り込めれば,かなり涼しく過ごせるのですが,防犯上の問題や,近隣が密接したような住居では,十分な通気・換気を取り込むのは困難になってしまいますよね。

もう一つの有効な方法は
水の蒸発熱を利用することです。
庭や屋根に散水して,温度を下げるのです。
これも日中では,少々散水してもすぐに蒸発してしまいますから,水の消費量もばかにならないし,やはり夕暮れどきの適当な時間に打ち水をしましょう。

さらに
庭のあるお宅では,植樹をすることです。
木の葉は非常に優れた断熱性能をもつので,木陰はとても快適な空間になります。
その木陰を通った空気を室内に取り込めば,かなり快適な換気になります。
西窓の外側に,植物をはわせる工夫も試みられていますが,植物自体もあまり環境のよくない場所では生育しにくいきらいがあるので,なかなか期待通りには行かないようです。

しかしながら
暑さ寒さもエアコンなどに頼ることを少なめにして,できるだけ自然環境と共生して,ある程度のストレス(外的刺激)を受けながら,少し我慢もして,抵抗力を養いながら生活するというのが,病弱の人や高齢者・幼年者を除く,一般の人々にとって,健康的な生き方というものではないでしょうか。

吉田さんも「けんこう」というぐらいですから,「健康」のことも考慮の内だったのでしょうか。

菜の花はうれしい

最初に菜の花が登場する歌です。

b_nanohana

 菜の花畠に 入日薄れ
 見わたす山の端(は) 霞ふかし
 春風そよふく 空を見れば
 夕月かかりて におい淡し

 里わの火影(ほかげ)も 森の色も
 田中の小路(こみち)を たどる人も
 蛙(かわず)のなくねも かねの音も
 さながら霞める 朧(おぼろ)月夜

菜の花の黄色は,心を癒します。
そしてこの歌も,一面の菜の花畠が広がっている その情景が目に浮かんできますね。
歌詞とメロディが融合して,春の黄昏(たそがれ) どきのゆったりとのどかな感じにあふれています。
日本人の好む懐かしい歌を調査すれば きっと上位にランキングされる曲でしょう。

朧月夜
作詞:高野辰之 (1876.4.13-1947.1.25)
作曲:岡野貞一 (1878.2.16-1941.12.29)

この歌は文部省唱歌として,作詞者・作曲者は 長く機密扱いになっていました。

文部省唱歌とは
明治から昭和にかけて 文部省が編纂した尋常小学校・高等小学校・国民学校 等の教科書に掲載された唱歌と楽曲の総称です。

この高野・岡野のゴールデンコンビは 次のような歌も作っています。

故郷」      1914.6   尋常小学唱歌(六)
朧月夜」    1914.6   尋常小学唱歌(六)
春が来た」  1910.7   尋常小学読本唱歌
春の小川」  1912.12 尋常小学唱歌(四)
紅葉」      1911.6   尋常小学唱歌(二)

いずれもみんながよく知っている とても懐かしい曲ばかりですね。

つぎのYouTubeでこの歌を聴くことができます。

菜の花には,次のような有名な句もあります。
 菜の花や 月は東に 日は西に 与謝蕪村(1716-1783)

菜の花は,おひたし・辛子和え,など食用にもなります。
また菜の花はアブラナ(油菜)とも呼ばれ 油をとるために栽培されてきました。
菜種とも言われますね。
菜種油は日本では食用の6割を占めます。

鑑賞用としても,食用としても,加工しても 菜の花は人間に大いに貢献してくれています。
だから自然に懐かしいと感じるのかもしれません。