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つゆの季節

いよいよ梅雨入りですね。
夏至(6月21日ころ)の前後2週間づつが標準的な期間ですから,今年は少々早めでした。

梅雨になるとじめじめして湿度が高くなり,かびが発生したり,ものが腐りやすくなって食あたりの危険性が増し,洗濯物が乾きにくくなり,だいいち,気分的に嫌ですよね。

日本人は天日干しが好みで,冬でも洗濯物を外に干す習慣が普通ですが,逆にカナダでは,夏でも乾燥機で乾かします。

洗濯物に限らず,ふとんでも天日干しをしますね。
最近は天日に干すより,紫外線を当てダニを殺し,たたき出して吸込む方が効果的というふとん専用の掃除機も好評なようです。

洗濯物の乾燥には,乾燥機のほかに,ユニットバスなどで浴室を乾燥室にするもの,エアコンの除湿モードを利用して部屋干しで乾燥させるもの,などがあります。

梅雨の良いところはないのでしょうか?
いえいえ
農作物を育てるという大切な役目があります。
この時期に多くの降水がないとコメの収穫に大きく影響します。
冬の積雪も農業には大切な水源とされています。

私が2年間も生活した,ある開発途上国では,夏は50℃にもなろうかというのに,6月から9月の4か月間で一滴の降水もありませんでした。
水源は自国ではまったく確保できずに,中国の高山の雪解け水に頼っています。
乾燥したところでは気象が急変して,突然寒くなったりもします。
日較差(1日の最高と最低気温の差)は平気で20℃以上ありました。
まあ熱帯夜がなくて夜は涼しい,という良い点もありますが。
なしにろ湿度が低くくて夏でも静電気が発生します。
ウガイすべくガラスコップに水を注ごうとして,水栓をひねったとき静電気が発生して思わずコップを落として割ったことが何度かありました。
そういうところで生活すると,肌がガサガサになります。
日本女性の肌がいつまでも美しいのは,この湿潤した気候の影響もあると思います。

アメリカの,最近ではインドでも,大規模農業地域では,地下水をくみ上げて農業用水に利用しているのです。
降水という供給源がないと,枯渇するのは必至です。

むかし日本でも,工業用水として地下水を利用して地盤沈下を引き起こしたことは記憶に新しいことです。
取水規制により,地盤の隆起が起こりましが,これは元に戻っただけの話です。

日本では降水量が多いために,このような回復が容易でした。
しかし,降水量の少ない地域では,容易に砂漠化します。

大気汚染の影響で酸性雨が降り,森林が壊滅した地域が世界には多くあります。
しかし,わが国では降水量が多いため,それほどの被害は出ていません。

中国からの黄砂もPM2.5(Particulate Matterの略,直径2.5μm以下の超微粒子)も十分な降水があれば洗い落とされます。

ただし,降りはじめの雨には気を付けてください。
長く晴天が続いた後の雨には大気中の有害物質が多く含まれているため,かからない方が安全です。

充分な降雨が人間の生活には必要なことがお分かりになったでしょう。
そして日本がいかに住みよい国であるかということもお分かりでしょう。

さて
雨の歌です。

『雨』 北原白秋・作詞 弘田龍太郎・作曲

雨がふります 雨がふる
遊びにゆきたし 傘はなし
紅緒のかっこも 緒が切れた

雨がふります 雨がふる
いやでもお家で 遊びましょう
千代紙折りましょう たたみましょう

ここではマニアックに同じ雨でも
『雨』 八木重吉・作詞 多田武彦・作曲

雨のおとが きこえる
雨がふっていたのだ

あのおとのように そっと世のために
はたらいていよう

雨があがるように しずかに死んでいこう

多田武彦(1930.11-)さんは大阪市のお生まれ,京都大法学部卒後,富士銀行に入社,在学中,男声合唱団に所属し指揮者として活躍,就職後は,作曲家・清水脩氏に師事し,日曜作曲家としておもに男声合唱曲をたくさん作曲されました。
代表曲「柳川風俗詩」(北原白秋),「富士山」(草野心平),「雨」など,重厚な和声を大切にした「多田節」として,その筋では有名です。
この曲は組曲「雨」の最終Ⅵの曲で,
多田さん自身が「私の臨終における鎮魂曲」と言われています。

 

やむにやまれぬこと

よのなかには
やむにやまれぬ」ということが存在します。
今回は,私にとって,どうしても言っておきたい,言っておかねばならないと思うことを書きます。

環境」という大きなテーマの下で研究をしてきました。

明確に「環境」という言葉を意識したのは,学会主催の講習会で,大阪大学名誉教授・新津靖博士の話を聞いてからです。
新津先生(1905-2005)は長野県佐久のご出身で,長身・痩躯の大音声の持ち主で,話がまことにおもしろく,引き込まれます。
大阪大学に日本で初めて環境という名を付した「環境工学科」(1968)を創設されました。

大阪万博(1970)のころ,公害がすさまじく,企業も防止の努力をすべく,学習会が義務付けられ,そこで「エコロジー(生態学)」という言葉を初めて,大阪市立大学教授・吉良竜夫博士から聞きました。
吉良先生(1919-2011)は大阪市の生まれですが,穏やかな語り口で,「自然界の生態系を乱すのは,神をも冒涜するしわざ」という主旨の鮮烈な言葉を伺いました。

建築の分野に,建築環境工学という論理的な分野を確立されたのは,京都大学総長で名誉教授・前田敏男博士でした。
前田先生(1908-1991)は高知県のご出身で,古武士を思わせる風貌と体格で,まわりを圧倒する存在でした。
先生の「徹底的に考える」という風習は弟子の先生方にも連綿として受け継がれており,じつは私も孫弟子の末席を汚すものの一人ですが,その洗礼は充分に受けました。

ところで,これからが本題ですが
関西電力大飯原発3,4号機(福井県おおい町)に,再稼働は危険だ,として福井県の住民ら189人が関西電力を相手取って運転差し止めを求めた訴訟の判決が5月21日,福井地裁でありました。
樋口英明裁判長は「大飯原発の技術や設備は冷却や放射性物質の閉じ込めに欠陥がある脆弱なもの。運転により人格権が侵害される危険がある」と厳しく指摘しました。
原発の運転差し止めを命じた司法判断は福島事故後初のことです。

ここで
原子力発電の問題点を整理しておきましょう。

原発の利点
・安定した電力供給の可能性
・発電時に二酸化炭素を排出しない(地球温暖化の防止)
・燃料が少なくてすむ
・経済性が高い(重大事故を考慮しなければ)

問題点
・重大事故による周辺の被害
・放射性廃棄物を作り出す
・ウラン資源の枯渇問題
・施設建設にコストがかかる(火力発電とくらべて)
・軍事転用による核拡散の可能性(国際的に)
・立地場所が限定される(地質学的に)
・発電施設および廃棄物へのテロの危険性

もともとそんなにすぐれた発電方法ではない,むしろとても危険性をはらんでいるもの,という認識を,当初から私は持っていました。
初期に開発に携わった関係者からも,問題が多すぎて,欠陥が多すぎて,とても商業ベースに乗るような代物ではない,という意見を聞きました。
それらを覆い隠すようにしてこんにちまで来たのではありませんか。

この判決結果に対する各新聞社の社説の見出しは

朝日
判決「無視」は許されぬ
毎日
なし崩し再稼働に警告
読売
不合理な推論が導く否定的判決

と,大新聞といわれる3社で,こうも意見が分かれるのか,という実感です。
よく読んで何が正しいのか,自分自身で判断することが必要です。

ものはついでに
放送マスメディア(大量伝達手段)のNHK籾井勝人会長の問題発言について,商社時代の先輩OBが彼のことを語っています。

「『政府が右と言うことを左と言うわけにはいかない』という就任会見での発言は籾井君の商社マン人生そのもの。彼は上司から『右向け右』と命じられたら忠実に一晩中でも右を向いているような男だった。上司は絶対。自分の部下にも服従を求めた。彼の辞書に『不偏不党』はない。こういう人物を公共放送のトップに任命した人たちの常識を疑う」

常識を疑われているのは任命した安倍首相です。

「集団的自衛権」の問題も,こじつけのような論理展開で,勝手に決めてしまおう,という姿勢が見えます。
国境線が長大な日本で,外からの攻撃に,軍事力で防衛することは本来,不可能なことを理解すべきです。
海岸線に設置した原発を攻撃されたら,日本はたちまち沈没してします。

だからこそ
少々の摩擦があっても,近隣の国々とは,友好的な外交関係を維持する努力を怠ってはならないのです。
それが最大の安全保障の方法です。

最近はやりの
近隣国へのヘイト・スピーチ(憎悪表現)によって,不安をあおるような言動は避けなければなりません。

いまわが国は,独裁化・軍国化へのノー・リターン・ポイント(帰還不能点)にいる,と本気で心配している人たちが大勢います。

祖父・岸信介を敬愛する安倍晋三首相ですが,なにぶん三代目ともなると

売り家と唐様で書く三代目

と故川柳にもあるように,家どころか,国まで,国民まで,売ってしまいかねない危うさを感じているのは,私だけでしょうか?

日本人スポーツ選手

テニスの錦織圭(にしこり・けい,24)が
スペインのマドリード・オープンでベスト4(4強)に残り,界ランキング10位以内を確定させました。
ほかの外国人選手と比べて,きわだって小柄に見える錦織選手の活躍は,快挙と言っていいでしょう。

現在の年間のランキングポイント制になってからの日本人選手では
1995年・伊達公子(25)4位
2004年・杉山愛(28)8位
があります。

しかし
もっともっと以前に世界で活躍した日本人選手がいたのをご存知ですか?
それは佐藤次郎(1908.1.5-1934.4.5)選手です。
グランドスラム大会(4大大会,全豪・全仏・全英・全米)に3回ベスト4に残っています。
1933年には世界3位にランキング(ただし,現在のようなポイント制ではなく,評論家ウォリス・マイヤーズが選定)されました。
しかし
この当時の日本では,個人戦よりも団体戦のデビスカップの方が優先される時代でした。
責任感の人一倍強かった佐藤は,逆にそのプレッシャーの過大さゆえにデ杯では好成績を残せず,まわりから非難されました。

そしてついに
1934年4月5日,ヨーロッパ遠征からの帰途,マレーシアのマラッカ海峡にて「箱根丸」から投身自殺をしたのでした。

この悲劇の系図は
1964年・東京オリンピッに引き継がれるのです。
マラソンの円谷幸吉自衛隊員,1940.5.13-1968.1.9)は堂々の3位・銅メダルを獲得しました。
しかし,ゴールの国立競技場に2位で入って来たのに,イギリスのヒートリーに直前で抜かれたのが,かなり悔しかったようです。
当然のこと,つぎにメキシコでは「金メダル」を,と期待されました。
ですが,ついに
「幸吉は、もうすっかり疲れ切ってしまって走れません」という遺書を残して,自殺しました。

ところで
1936年・ベルリンオリンピックの200m平泳ぎで,前畑秀子(1914.5.20-1995.2.24)がドイツ選手とデッドヒートする際に,NHKアナウンサー河西三省がラジオ中継で
前畑がんばれ!」を絶叫して連呼したのが話題になりました。

ナチス独裁下のベルリンで,前畑選手は見事金メダルに輝きました。
めでたし,めでたし。
でも
最近の放送は,実況ではなくて既に応援放送になってしまっていますから,むしろ元テニス選手の「熱い男」が登場したりすると,逆にこちらが興ざめで「冷えて」しまって放送を変えたりしてしまいます。

いっぽう
1948年・ロンドンオリンピックには敗戦国の日本は出場できませんでした。
オリンピック水泳の決勝と日本選手権を同日に開き,古橋広之進(1928.9.16-2009.8.2)は400mと1500m自由形で,金メダリストの記録と当時の世界記録のどちらをも上回りました。
しかし
つぎの1952年・ヘルシンキオリンピックに出場しますが,選手としてのピークを過ぎていたことと,アメーバ赤痢に罹患して発病しており,本番の400m自由形では8位に終わりました。
そのとき
NHKの飯田次男アナウンサーは
「日本の皆さん、どうか古橋を責めないでやって下さい。古橋の活躍なくして戦後の日本の発展は有り得なかったのであります。古橋に有難うを言ってあげて下さい」
と日本に向けて放送したのでした。

さいきん
明治天皇の玄孫(孫の孫,やしゃご)とかいう人が,オリンピック選手に対して
「メダルをかむ行為はするな」
「国歌が流れる際には聴くのではなくて歌え,直立不動で」
「思い出になったとか,楽しかったとかはありえない」
のような発言をしていますが,前述のような過去の歴史を踏まえて仰っているのでしょうか。
天皇家につながるような人が,一般国民の自由な行動にイチャモンを付けるのは,それこそふさわしくない行為だと思います。

私としては
河西さんの熱い応援よりも飯田さんの思いやりのある表現の方に好感がもてます。

現在も日本選手が世界で大活躍しています。
米・大リーグで
レンジャーズのダルビッシュ有(27)は2度目の9回2死までノーヒットでした。
ヤンキースの田中将大(25)は開幕から無傷の5連勝です。
田中の試合時の修正能力はすばらしく見事で,実際の脳の働きは若妻ともども不明ですが,野球脳が優れていることだけは疑いもないようです。

スポーツは楽しむものです。
阿波踊りの文句に「踊るアホウに 見るアホウ 同じアホなら 踊らにゃなソンソン」とあるように
スポーツも見るより,やる方が数倍楽しいです。
この新緑の季節はスポーツにも最適です。
紫外線に気を付けて大いに楽しみましょう。

ノーベル賞

アルフレッド・B・ノーベル(1833.10.21-1896.12.10)は,不安定なニトログリセリンを扱いやすくしたダイナマイトを発明し,巨額の富を得ました。

いまでも,ダイナマイトは強力なものの代名詞として
阪神タイガースはダイナマイト打線で,小林旭はマイト・ガイと呼ばれました。

ノーベルは,『死の商人』としての悪名を払拭すべく,「換金可能な財は,安全な有価証券に投資し継続される基金を設立し,その毎年の利子について,前年に人類のために最大たる貢献をした人々に分配されるものとする」という旨の遺言状を残しました。
それがノーベル賞です。
第1回は1901年から始まっています。
現在は,物理学,化学,医学生理学,文学,平和,経済学の6部門です。

日本のこれまでの受賞者は18人で
物理学6人,化学7人,医学生理学2人,文学2人,平和1人です。

最初は1949年の湯川秀樹博士の物理学賞で「中間子の存在の予想」が受賞理由でした。
第2次世界大戦直後の受賞で,古橋広之進選手の「フジヤマのトビウオ」とともに,落ち込んでいた日本人に勇気を与えました。
後日,湯川博士はアインシュタインオッペンハイマー(原爆の父)から大いなる祝福を受けましたが,彼らは広島・長崎の贖罪のつもりだったのでしょう。

ノーベル賞の候補者になるためには,しかるべき推薦者が必要なのです。
たとえば,川端康成は,同時期に文学賞受賞をとりざたされていた三島由紀夫に推薦文を依頼しました。
後輩である三島は,どういう心境であったのか,推測するすべもありませんが,おそらくは複雑な気持ちで,推薦文をしたためたことと思われます。

もともと
賞というものは,誰かが決めるものですから,それが本当にふさわしいかどうか?について,常に疑問符が付きます。

たとえば
佐藤栄作は,1974年に平和賞を受賞しましたが
その受賞理由は「非核三原則の提唱」ということになっています。
いわゆる「核兵器をもたず,つくらず,もちこませず」というものですが,実際,米の原潜が寄港するときに,核で自らを武装するのは常識のことでした。
最近になって,選考したノルウェー・ノーベル委員会は,授与は適正でなかった,というコメントを発表しています。

ことしは興味深いものがノーベル賞の候補になっています。
戦争放棄をうたう憲法9条を保持し続けてきた「日本国民」が,今年のノーベル平和賞候補にエントリされました。
きっかけは神奈川県の主婦(37)が「9条に平和賞を」とノーベル委員会に訴えつづけてきた結果です。

第2次世界大戦で,日本では軍人・民間人を含めて310万の人々が亡くなりました。
310万の命と引換えに獲得した世界に類をみない平和憲法を大切にしようとする動きは,静かですが,力強いです。

ところが
現政府は,集団的自衛権(直接に攻撃を受けている他国を援助し,これと共同で武力攻撃する権利)を,憲法改正という正式な過程を経ずに,勝手に獲得しようとしています。
せっかく誇り高く,不戦を誓った,戦争をしない特別の国であった日本が,軍事力を行使するような,ただの普通の国に成り下がろうとしています。

5月3日は憲法記念日です。
1947年5月3日に日本国憲法が施行されたことを記念して,翌年,祝日法によって制定されました。

もし,先の平和賞が日本国民にもたらされたら,さぞや楽しいことでしょうね。
期待せずに,待ちましょう。

お茶はなに色

5月2日は立春(2月3日)から数えて88日目,いわゆる八十八夜で,この日に摘んだ茶は上等なものとされ,この日にお茶を飲むと長生きするともいわれています。

茶摘」文部省唱歌(作詞・作曲は不詳)

夏も近づく 八十八夜
野にも山にも 若葉が茂る
あれに見えるは 茶摘みじゃないか
あかねだすきに 菅(すげ)の笠

日和(ひより)つづきの 今日此頃を
心のどかに 摘みつつ歌う
摘めよ摘め摘め 摘まねばならぬ
摘まにゃ日本の 茶にならぬ

この歌はつぎのYouTubeで聴けます。


ところで
お茶はなに色?
と問われると,ふつう「緑色」と答えますよね。
日本人ならお茶は「茶色」とは言いません。
なぜでしょう?

お茶の歴史は
最澄(767-822)や空海(774-835)らが留学中の唐から茶を持ち帰りましたが,薬用や儀式に用いられるだけで普及はしませんでした。
臨済宗の開祖・栄西(1141-1215)は 宋から抹茶系の製茶法,抹茶式のお茶のたて方を初めてわが国へもたらしました。

そして
緑茶(日本茶)は もともとは中国茶のように「茶色」でしたが 摘み取った茶葉を加熱処理して発酵を妨げ,「緑色」をとどめました。
おかげで
カテキン(渋み成分)血中コレステロールの低下,抗酸化作用
カフェイン(苦み成分)覚醒作用
テアニン(旨み成分)リラックス効果
その他,ビタミン類・サポニンなど多彩です。

風薫る5月,新茶でなくても,緑茶の効用を再確認して,おいしく飲みましょう。

吉田けんこうの言いのこし

つぎのような文章は,ほとんどの日本人なら目にしたことがあるでしょう。

 春はあけぼの
 やうやうしろくなり行く 山ぎはすこしあかりて
 むらさきだちたる雲の ほそくたなびきたる

平安時代の作家・歌人の清少納言(966頃-1025頃)による枕草子の書きだしです。

 家の作様(つくりやう)は 夏を主(むね)とすべし
 冬はいかなるところも住まる
 暑きころ悪(わろ)き住居(すまい)堪えがたきことなり

これは鎌倉末期の歌人・吉田兼好(1283-1352)の徒然草の第55段の一節です。

日本の三大随筆の二つをわざわざ紹介したのは,高校時代の古文の嫌な時間を思い出させるためではありません。

文人の清少納言が「春はあけぼの(夜明けの空が明るんできた頃)が良い」というのは,あくまで個人的な見解・嗜好として聞き流せますが,兼好法師のように「家は夏向きに作らねばならない」と断定されると,理系の人間としては,いささか引っかかるところであります。

そもそも
「夏に涼しく過ごせる住居」というのは可能なのでしょうか。
もちろん,これはエアコンなどの機械やエネルギを使うことなしに,という前提です。

まず
夏の暑さの最大の原因は強烈な太陽日射ですから,それを断熱性のある屋根でさえぎることです。
屋根に太陽電池パネルや太陽熱温水器を置くと,太陽エネルギを遮る効果とそのエネルギを有効に利用できるという2つの効果が引き出せます。

つぎに
窓からの日射除けには,庇を深くしたり,外側をヨシズやスダレで覆ったりして,日射を直接居室に入れないようにする工夫が必要です。
とくに西側の窓には効果的です。

そして
涼しく過ごすためには,外気を利用した換気や通風によって室温を低くすることです。
しかし
昼間の気温はすでに高温ですから,夜間の比較的低い気温の空気を利用しなければならないので,そこが難しいところです。
本当は,窓を開けっぱなしにして,夜の外気を室内に取り込めれば,かなり涼しく過ごせるのですが,防犯上の問題や,近隣が密接したような住居では,十分な通気・換気を取り込むのは困難になってしまいますよね。

もう一つの有効な方法は
水の蒸発熱を利用することです。
庭や屋根に散水して,温度を下げるのです。
これも日中では,少々散水してもすぐに蒸発してしまいますから,水の消費量もばかにならないし,やはり夕暮れどきの適当な時間に打ち水をしましょう。

さらに
庭のあるお宅では,植樹をすることです。
木の葉は非常に優れた断熱性能をもつので,木陰はとても快適な空間になります。
その木陰を通った空気を室内に取り込めば,かなり快適な換気になります。
西窓の外側に,植物をはわせる工夫も試みられていますが,植物自体もあまり環境のよくない場所では生育しにくいきらいがあるので,なかなか期待通りには行かないようです。

しかしながら
暑さ寒さもエアコンなどに頼ることを少なめにして,できるだけ自然環境と共生して,ある程度のストレス(外的刺激)を受けながら,少し我慢もして,抵抗力を養いながら生活するというのが,病弱の人や高齢者・幼年者を除く,一般の人々にとって,健康的な生き方というものではないでしょうか。

吉田さんも「けんこう」というぐらいですから,「健康」のことも考慮の内だったのでしょうか。

下着のCMがおもしろい

こんなラジオCMを知っていますか?

<男の声>
 ワコールから すべての女性のみなさまに
ブラジャーのお知らせです。

<女性の声>
 右にずれたり 左にはみ出たりしていませんか
 守ってあげたい 二つのデリケートなふくらみ
 大きいか 小さいか なんて関係ない
 あなたの大切な場所を 手でやさしく包み込むように
 ホールドします。

<男性の声>
 つづいて すべての男性のみなさまに
まったく同じナレーションで メンズ・パンツのお知らせ
です。

先ほどとまったく同じ内容が女性の声で流れます。

<男性の声>
 すべての製品に 同じだけの思いやりを ワコールです。

いかがですか?
おもしろいでしょう。
母印と金○のアナロジー(類推)を, ”二つのデリケートなふくらみ” と称するあたり,なかなかの視点です。

しかし
いくつか相違点もありまして, 大きさも硬さもまるで異なります。
だいいち,女性用は確かにホールドする感覚ですが, 男性用は必ずしもホールドしません。

むしろ通気性を優先する場合のほうが多いようです。
むかしの越中という褌(ふんどし)は, 風にそよぐ帆かけ舟のようでしたし, いまのトランクスもその系統でしょう。

かつての六尺は,確かに「褌を締めてかかる」 表現そのものでした。
いまはそれほどのホールド感のあるものはありません。
ビキニやTバック・サポータにその雰囲気は残っている のでしょうか。

ちなみに
私は昼間にはボクサー型で, 就寝時はトランクスです。
それこそ,まったくの蛇足でした。

菜の花はうれしい

最初に菜の花が登場する歌です。

b_nanohana

 菜の花畠に 入日薄れ
 見わたす山の端(は) 霞ふかし
 春風そよふく 空を見れば
 夕月かかりて におい淡し

 里わの火影(ほかげ)も 森の色も
 田中の小路(こみち)を たどる人も
 蛙(かわず)のなくねも かねの音も
 さながら霞める 朧(おぼろ)月夜

菜の花の黄色は,心を癒します。
そしてこの歌も,一面の菜の花畠が広がっている その情景が目に浮かんできますね。
歌詞とメロディが融合して,春の黄昏(たそがれ) どきのゆったりとのどかな感じにあふれています。
日本人の好む懐かしい歌を調査すれば きっと上位にランキングされる曲でしょう。

朧月夜
作詞:高野辰之 (1876.4.13-1947.1.25)
作曲:岡野貞一 (1878.2.16-1941.12.29)

この歌は文部省唱歌として,作詞者・作曲者は 長く機密扱いになっていました。

文部省唱歌とは
明治から昭和にかけて 文部省が編纂した尋常小学校・高等小学校・国民学校 等の教科書に掲載された唱歌と楽曲の総称です。

この高野・岡野のゴールデンコンビは 次のような歌も作っています。

故郷」      1914.6   尋常小学唱歌(六)
朧月夜」    1914.6   尋常小学唱歌(六)
春が来た」  1910.7   尋常小学読本唱歌
春の小川」  1912.12 尋常小学唱歌(四)
紅葉」      1911.6   尋常小学唱歌(二)

いずれもみんながよく知っている とても懐かしい曲ばかりですね。

つぎのYouTubeでこの歌を聴くことができます。

菜の花には,次のような有名な句もあります。
 菜の花や 月は東に 日は西に 与謝蕪村(1716-1783)

菜の花は,おひたし・辛子和え,など食用にもなります。
また菜の花はアブラナ(油菜)とも呼ばれ 油をとるために栽培されてきました。
菜種とも言われますね。
菜種油は日本では食用の6割を占めます。

鑑賞用としても,食用としても,加工しても 菜の花は人間に大いに貢献してくれています。
だから自然に懐かしいと感じるのかもしれません。

日和見とは

 

日和見(ひよりみ)とは
天気模様をみて都合のよい方策をうかがうことです。

一般には
形勢をうかがって自分の都合のよい方につこうと二股をかけること,のようにあまり良くない使われ方を してきました。
日和見主義!」というのは糾弾用の言葉でした。

しかし
予測される成行きを考えて,それにふさわしい行動を 決めるということは,実に大切なやり方です。
天候をみて,それに応じた適切なTPOを考えます。
TPOとは,Time(時),Place(場所),Occasion(場合) のことです。

時は春
この季節そのものが,冬と夏との替り目の季節です。
したがって
春は天気や気温が変わりやすいのは あたりまえのことなんです。

この季節の初期,つまり早春には
三寒四温といって,三日ほど寒い日が続いた後に四日ほど暖かい日が続き,これを交互にくりかえす現象があります。

ですから
天気予報をよく聴いて,その日にふさわしいコスチューム (服装)を選択することが大切です。

天気予報はできるだけ新しいものを参考にするのは 言うまでもありません。

人によって暑さ寒さに対する体感が違うので, 自分は暑さに弱いが寒さに強い,とかという自分自身の 体質の特性を把握しておくことも必要です。

たとえば,一般的には
最高気温が10℃前後になると真冬の服装が必要で, 15℃前後になると薄いコートでも十分になり, 20℃を超えると昼間は上着さえも必要なくなります。

しかし
これは個人差による影響がかなり大きいので, それぞれの方がご自分でその境界を探してください。

でも
かなり暖かくなったのに,まだダウンや厚手コートを 着ていたりする人がいると, なんだか「時代遅れ」と思ってしまったり

まだ真冬並みに寒いのに,若い女性にありがちな, 暦のうえだけの春の装いをされると,「伊達の薄着」もつらいね,と思いますが, 同情はしません。
カゼを引かないように,すべては自己責任ですから。

朝晩の冷え込み,日中の日差しの強さ加減,風の吹き方 の程度などによって,体感はかなり変わってきますから, その辺の考慮も必要です。

天候によって,服装を調節して,自分に合った温熱環境に 調整するのは,人間の知恵の一つですから, 変わりやすいこの季節,適切なコスチュームの選択をして, うららかな春のひよりを満喫してください。